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曼荼羅

曼荼羅 12

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「やっと、この日が来たねぇ」

 真っ白な病室だった。白い靄が掛かっているかのように見えたのは、俺の目がその光景を見たくなかったからかも知れない。直視して、その悲しい光景を記憶に留めたくなかった。窓に掛かるレースのカーテン、白い壁、白い天井。薬品のつんとする匂いがその空間に染み付いていた。

 白い花が大きな花瓶に飾られていて、その違和感をぼんやり眺めた。見舞いの花にしては、まるで死を思わせるような白い花々だった。誰が活けたのかと、それを必死に考えた。それを考えることで、それ以外を思考から追い出そうとしていたんだろう。

 父の死より何よりも。その事実を喜ぶ栗子の顔を見たくなかった。母が父の死を望んでいたなんて知りたくなかった。

「あたし達の大事な子に、もう触れさない。死にたいと思わせるような目に遭わせたりしないよ。あんたは、私たちの存在に怯えて、この子をないがしろにしようとしていたんだろうけど、この子を苦しめることでささやかな抵抗を試みようとでもしていたんだろうけど、それももう終わりだよ。残念だったね」

 やめてくれ、と俺は叫んだ。
 いや、叫んだはずが、声になっていなかったらしい。

 やめてくれ、栗子。聞きたくない。

 お前がそんなことを言うのを、俺は認めたくないんだ。何も知りたくなかった。嘘で良かったんだ。虚構でも、幸せを演じて欲しかった。幸せという演目を見ていたかった。

「今度こそ、永遠の地獄に墜ちるが良いよ」

 栗子、と俺は彼女の背中に声を掛けた。ほんとうに声が出ていたのか定かではなかったが、栗子は振り返って俺を見た。その目の一瞬の冷たさに俺の心臓は射抜かれたような痛みが走った。俺を見て、彼女はすぐに優しい目をしてみせたが、凍るような憎しみの炎が残像として残っていた。

「これで、あたしの思いはすべて昇華される。姉が刺せなかったとどめを、あたしが引き継いだ。これで、姉も満足してくれる」
「母さんが、望んでたって言うのか?」やっと出た声はかすれて、震えていた。
「母さんが、ほんとうにこんなことを望んでいたのか? 親父を―父を、自分の夫を、憎んでいたって? ずっとずっと憎み続けて生きていたって…?」
「当ったり前じゃない。あたしと子どもを逃がそうとしただけなのに、姉は、血も涙もない敵の将校に情け容赦もなく無残に心臓を打ち抜かれ、挙句、子どもも妹も殺された。どんなに無念だったと思うの?」
「だって、戦いの場だったんだろ? 酷い時代で、誰もが殺しあっていて、…憎むべきは、その戦争だろう! 闘った兵士も殺された市民も、ほんとうは巻き込まれただけで。その戦争を始めた‘とき’の政権が間違っていたんだ。戦いに寄って解決しようとする姿勢がそもそも間違っていたんだ。いつだって、実際に戦わざるを得ない兵士が一番苦しんでいて、殺された大勢の恨みや悲しみを背負って…そして、いつでも犠牲になるのは、罪もない人々なんだ」
「その通りよ」栗子はまるで無表情で頷いた。
「だから、これで終わりにする」

 ベッドの脇にあった小さなテーブルの小さな引き出しから、彼女はナイフを取り出した。何故そんなものがあるのか、という疑問よりも、栗子の白い小さな手が握ったその銀色の凶器が、俺を凍らせた。

 栗子、何をするつもりなんだ、と俺は叫んだ。
 彼女はスッとベッドの上に立ち上がり、父の心臓目掛けてそれを突き刺そうとした。

「やめろ!」

 俺は栗子の腕を背後から押さえた。

「離して、鴻ちゃん、これで終われるんだから」
「イヤだ、やめてくれ、親父を殺るなら、俺を先に殺してくれ!」
「離して!」
「イヤだっ!」

 気がつくと俺はぼろぼろと涙を零していた。彼女の身体に必死にしがみついて、ナイフを握った手を掴んで。

 穏やかに笑う父の顔が浮かんだ。運動会の日、忙しい仕事の合間に外回りをするからと会社を抜け出し、俺のリレーを見に来てくれたことを思い出した。声援の中に、聞き覚えのある声がするような気がして、俺は思わず観客席に視線をはしらせ、そこに父の姿を見つけて仰天した。まさか、と思った。それで気がそれて、一人に追い抜かれた。はっとして前を向いたときには、もう勝負は決していた。

 その後、お父さんのせいで負けちゃったよ、と言ったら、父はとても居心地悪そうに俺に謝った。それを見て母が「そんなこと言うもんじゃありません。せっかくわざわざ見に来てくれたのよ」と笑った。

 母が町内会の集まりで家を空け、夕食を自分たちで準備しなければならなかった夜、父が一生懸命に作ってくれたカレーライスを思い出した。材料もレシピも母が用意していってくれたのに、調理は困難を極め、俺も手伝ったような気がするが、当時、まだ俺は小学校にあがっていない頃だったと思う。まな板の前であたふたする父の背中を、幼心に不安を感じながら見つめていたことを懐かしく思った。

 父は、…少なくとも父は、俺を愛してくれていたと思う。いや、たとえそれが虚構であったとしても、俺は幸せなごく普通の子どもとして育っていたんだ。

「じゃあ、どうして死にたかったの?」栗子は言った。
「どうして、ホームに飛び込んで死のうとしたりしたの?」
「それは、親父には関係ないよ」
「関係ないわけないじゃない」
「無関係だとは言わないかも知れないけど」俺は、しがみついた栗子の身体の熱さを感じた。「違う。母さんにも親父にも心配掛けたくなかった。自分がほんとうは情けない人間だって、知りたくなかった。認めたくなかった」
「鴻ちゃんは、情けなくなんてないよ」
「違うよ。俺はほんとうは、出来ると思ってた。文化祭の実行委員を引き受けたのも、出来ると思ったからだ。それが、あっという間に躓いて、主催するってことに対する知識なんてなくて、基本的に何をどうして良いのかすら分からなくって、先生に聞いても、昨年はもっとスムーズだったのにと思われやしないかとか、他人の評価ばっかり気になって」

 栗子の身体は柔らかく温かかく、優しい匂いがした。そして、思い出していた。これは、母の香水の匂いだ。化粧も何もしなかった母が、唯一、父からプレゼントされたこの香水だけは気に入って、出かけるときにいつも付けていた。

「やらなきゃならないことが、あんまり一気に溜まってしまったとき、助けを求めることが出来なくて、誰も彼もが忙しくて、…違う。声を掛けることを初めから諦めていたのは俺なのに、手伝ってくれ、と言わなかったのは俺なのに、誰も手伝ってくれないことに腹を立てて、出来ることに限界があることを知ったときには、何もかももう遅くって」
「でも、死んだりしたらダメだよ」

 うん、と俺は栗子の服に涙をぬぐった。ああ、栗子は、出会った初めから、俺の‘母’だったのだ。

「これで終わりだよ。あとはすべてを始めるだけ」

 栗子は俺の手をふりほどいた。栗子、と俺は叫び、次の瞬間、視界が真っ赤に染まった。俺は叫び声をあげながら、その場にうずくまった。目の前をいろいろな場面が流れていく。背景に映画のようにスクリーンに映し出された記憶のカケラを目の端に捉えながら俺は必死に言った。

「俺は、生きるから」栗子の背中に向かって、搾り出すような声で。
「親父を、許して」
「なんで鴻ちゃんがそんなこと言うのよ」

 栗子の背中がとても小さく見えた。涙で視界がぼやけ、俺は涙を腕でぬぐった。

「俺、母さんも親父も、好きだったんだ」
「あたしもよ」

 え、と顔をあげたとき、栗子の笑顔はまるで菩薩のように柔らかい光に包まれ、子馬のように澄んだ光を湛えていた。


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