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曼荼羅

曼荼羅 10

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 時代は中世かその辺。舞台はもしかしてヨーロッパだろうか。

 戦いの時代。つらく悲しい戦争が繰り広げられ、いつ終わるとも知れない殺戮の舞台を、二人の姉妹が幼子を連れて逃げていた。町娘ではない、質の良い絹を見にまとい、幾ばくかの金銭も身に付けているようだった。貴族の娘たちだったのかもしれない。

 おびただしい血の跡が道の至るところに染みをつくり、ひどい腐臭と悲鳴、怒声の飛び交う中、まだ若い二人は青ざめてはいても凛とした強い意志を宿した瞳で周囲を警戒しながらどこかへ向かっていた。

 路地裏へ身をひそめ、幼子を抱いた娘を後ろに庇いながら、もう一人の女性が安全を確認しつつそろそろと進んでいく。手には短剣を握りしめていた。薄暗がりを進んでいた二人は、どうしても道の反対側へ渡りたいようだった。

「良いわ、早く」

 左右を何度も確認して、前に立った娘が手で合図した。そのとき、それまで曇っていた空が割れ、一筋の光が腕の中に眠っていた子どもを照らし、幼子は目を覚ました。僅かに声をあげた子どもに気をとられた娘は、足元に転がっていた男の死体に足を取られてしまう。

「あっ」と声をあげて娘はよろめき、もう一人がすかさず彼女を支えた。子どもが驚いて泣き声をあげ、二人がはっとしたとき、銃を構えた男が二人の目の前に立ちはだかった。

 男が何か言ったが、敵の言葉は二人には分からなかった。二人は真っ直ぐにその男の顔を見つめた。そして、泣いている幼子を抱いた娘を後ろに庇い、一人がぱっとその男に向かって飛びついた。

「逃げて!」

 その声に、子どもを抱えたもう一人の娘は反射的に踵を返した。娘が短剣を振り上げ、慌てた男は咄嗟に銃の引き金を引いた。弾は目の前の娘の胸を貫き、彼の顔を真っ赤に染めた。

 子どもを抱えた娘はその音に振り返る。姉のまとっていたベージュの衣装が血に染まっていく様を目の端に捉え、引き返したい衝動に僅かに躊躇った後、妹は意を決して走り出す。流れ落ちる涙に視界が歪み、息が詰まって苦しくなった。

 泣き叫びたい情動を抑え込みながら、彼女は進み続けた。命を賭して二人が逃げる時間を作ってくれた姉妹の死を抱えたまま。

 そして、ボロボロに傷つき、孤独に倒れそうになりながら、たった一人逃亡の旅を続けていた妹も、遂に追っ手に見つかる。日々成長する子どもの衣服や、食料、それらを手に入れるために外に出ていた隙に、裏切りに寄って子どもは連れ去られた。

 それでも多くの協力者のお陰で彼女はすんでのところで逃げおおせた。

 それから奪われた子を取り戻すための旅が始まる。あらゆる手を尽くし、行方を追い、いつか会える僅かな希望だけで生きていた。ようやく捕われていると思われる屋敷に辿り着いたとき、もうとっくにその子は殺されていたと知る。子どもが生きていると思わせたのは、彼女をおびき寄せるための罠だったのだ。


 その二人の娘が、栗子と母だと彼女は言う。そして、そのとき抱えていた子どもが、そのとき栗子が生んだ子で、俺だったのだと。

「そして、あたしを庇った姉を、情け容赦なく撃ち殺した敵の将校が、貴樹だよ」

 俺は、笑い飛ばすことが出来なかった。

「今回の年齢差はね、あたしが子どもを奪われて行方を探して追い続けた年数」

 ぞっとするより、怒りや苦しみより、ただただ悲しい思いだけが伝わってきた。

 栗子は話し終えると、ふっと虚空を見据えて息を吐いた。俺の言葉を待っているのかと思ったが、俺は何を言っていいのか、何を質問すべきなのかさっぱり分からなかった。



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