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曼荼羅

曼荼羅 9

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 それから数日後、栗子が九州へ行く支度をしていたときだった。

 突然、父が事故に遭ったとの知らせが入った。夕食を終えて、栗子が持っていくものをあれこれとバッグに詰めていたとき、そして、俺は「そんなの現地調達すれば良いんだから、要らないよ」と彼女が詰めようとしていた数々の日用品を取り上げているところだった。

 滅多に鳴らない固定電話がじりじりと音を響かせ、栗子は「はいは~い」と電話へ向かいながら、「勝手に詰めたもの、引っくり返さないでね」と俺に念を押していた。

「引っ越しじゃないんだから、何でもかんでも持っていくことないって」

 俺は、彼女の言葉など聞こえなかった振りで、勝手に荷物を開けていた。受話器を手にした栗子の背中が視線の端に捉えられたとき、俺は、なんとなく何かが引っ掛かって、しっかりと彼女の方に向き直った。それとほぼ同時に、栗子が俺を振り向き、蒼白な表情で何かを言った。

 事故、という単語をまるで夢のように聞いた。

 
 栗子に出会った頃、俺は高校でちょっとした問題を抱えていた時期だった。学園祭の実行委員会の副委員長を頼まれ、分不相応だと断ったにも関わらず、他になり手がいないからと懇願されて断り切れなかったのだ。案の定、それは困難を極めた。

 委員長は一生懸命だったが、他の委員は部活の方が忙しいからということでほとんど協力してくれず、結局、すべての手配・采配・根回しから先生方への協力要請など、一切の仕事を二人きりで行った。委員長は統括だから、大きなことをどんどん決めて進んでいかなければならない。もう時間もなかったし、例年通りのことを淡々と進めていた。

 そして、その他雑用はすべて俺の仕事となった。
 その頃、父も仕事が忙しく、家に帰ってもお互い疲労困憊だった。ろくに会話もなかった時期だったと思う。
 あのとき聴いた栗子の歌声。何故、あんなに涙が出たのか―。


 もう、その日、九州へ発つ便はなく、俺たちは翌朝一番の飛行機に乗るべく、空港の近くのホテルへ向かった。

「どうしよう」と栗子は言った。
 いつになく彼女は青ざめ、震えていた。
「どうしよう、どうしよう」

 栗子は泣きそうな声でただそう繰り返していた。俺も、「どうしたの?」と聞く余裕もなく、ただ不安で、怖くて、母が事故に遭ったときのことを思い出していた。もうイヤだと思った。もう、あんな風に、訳も分からずに大事な人を失うつらさに耐えるのは沢山だと。

「鴻ちゃん、ごめん」

 栗子の声で俺は我に返った。ホテルの部屋のぼんやりとした灯りの下で、二つ並んだベッドの隣で、彼女の顔色はますます青ざめて見えた。

「なんで、栗子が謝るんだよ」

 かすれそうな声で、俺はようやくそう言った。栗子はベッドから身体を起こし、俺もつられて起き上がった。

「ああ、あたし、間違っていたかも知れない」
「…だから、何を」

 栗子の瞳は、時々途方もない遠くの景色を映し出し、言葉より鮮明に何かを俺に伝えてくることがある。それを言葉として受け取ってはいないのに、そのとき俺の口をついて出た言葉に俺自身がびっくりした。

「親父に死んで欲しかった?」

 栗子は、しかしそれほど驚かずに、静かな表情で俺をじっと見つめ返した。

「そうは言わない。でも、憎しみを消すのにどうしても時間が必要だった」

「え」と俺は、彼女の言葉に衝撃を受けた。考えてもいなかったことなのに、しかし、栗子の震える細い声を、何故か分かっていたような奇妙な感触を受けながら聞いた。

「鴻ちゃん、あのとき、やっぱり死にたいと思ってたんでしょう?」

 栗子の目はいつになく優しく淡く悲しそうだった。

「前にも言ったけど、そういう明確な意思はほんとうになかったよ。覚えていないんだ」

 俺は、彼女から視線をそらし、じっと目の前の薄闇に目を凝らした。何の変哲もない、ただ一晩を過ごすためだけの最低限の機能的なビジネスホテルだ。栗子は荷物を詰めている最中だったからそのままそれを抱えて出てきたが、俺はほとんど着の身着のままで、下着だけを栗子のバッグに一緒に詰めてもらってきた。

 栗子は、それに対して何も言わず、ただゆっくり頷くような気配を感じる。

「でも、あの歌声は心に沁みたよ」
「うん、だってあれは鴻ちゃんの歌だもの」

 そうか、とぼんやり頷いて、「えっ」と俺は栗子の顔を見た。

「え、なんで? あのとき、まだ俺のこと知らなかっただろ?」
「知らなかったのは鴻ちゃんだけ。あたしはずっと知ってたよ」
「そうなのか?」

 うん、と僅かに笑みを浮かべて、そして栗子は俯いた。闇が彼女の表情を覆い隠す。

「あのね、鴻ちゃん、あたしと鴻ちゃんのお母さんは双子の姉妹だったの」
「…は?」

 俺は、栗子が真面目な顔をしているのか、こんなときに、いや、こんなときだからこそ、笑いを取ろうとでもしているのか判断がつかなくて、呆けたまま彼女の横顔を眺めた。

 栗子は、ゆっくりと顔をあげて俺を見つめ、静かな目で微笑んだ。


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