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曼荼羅

曼荼羅 7

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 突然、栗子が思い立ったお陰で、俺たちは父に内緒で父の単身赴任先をこっそり訪れることになった。秋に差し掛かったところで、9月の連休のことだった。そのとき予約しようとした交通も宿もすべて埋まっていて、ダメ元でキャンセル待ちをしたら、思わぬ順番がまわってきて、俺たちはその連休に滑り込むことが出来た。

「ねえ、親父の宿泊先に見知らぬ女が泊まりこんでいたらどうする?」

 俺は、飛行機の座席に備え付けてあった雑誌に視線を落としたまま、一人挟んだ隣に座る栗子に聞いてみた。

「そんな訳、絶対にないね」
「世の中、絶対なんてないって」俺は相変わらず雑誌の写真をパラパラ眺めながら適当なことを言う。「親父だって、年を取ると段々一人は寂しくなって、ちょっと誰かと暮らしてみたくなってるかも知れないじゃないか」
「寂しくったって、そんな倫理的に合わないことはしないよ」
「食事だって、ずっと外食ばっかりじゃ飽きちゃうだろうしさ」
「料理くらいすぐ出来るようになるよ」
「でも、一人の食卓って寂しいと思うよ」

 しばらく返事がないので、俺は、おや、と思って顔をあげて栗子の方を見た。俺と彼女の間に座っていた男性が、聞こえない振りを決め込んで目を閉じていたし、栗子は俺の方をじっと睨んだまま、顔をしかめて舌を出していた。

 俺はなんだか妙に幸せな気分になって、窮屈な座席に深くもたれて目を閉じた。父が一人で生活している図をあんまり想像出来なかったが、彼が女性に対して決してだらしなくないというか、むしろものすごくクールであることだけは知っていた。同性の友人は多く、家に招く客は多かったのだが、女性蔑視かと思うくらい、女の人に対して冷たかった。いや、冷たいのではない。必要なことには協力するし親身になるのだが、それは仕事上の付き合いだとか、友人の身内だからとか、そういう理由があってのことと割り切っているのが傍でも感じられたというのだろうか。

 男女の友情は成立しない、と父はよく口にしていた。それは友人にはなれないという意味ではなく、同性の友人と異性の友人は微妙なところで、やはり同等ではあり得ないということだったと思う。生物として、雄と雌の役割も骨格も体格も筋肉のつき方も違うわけなんだから、そこにすでに平等はあり得ないのだと。

 激しいものも熱い思いも、父はあまり多くなく、自分で何もかも動いてしまう性格ではなかったから、いろんな人の意見を聞いて、多くの助言を取り入れ、周囲の人に決定権を託し、父はここぞという場を締めるだけでやってきた。

 今回、立ち上げに関わって単身赴任してはいるが、父はそろそろ戻ってくる準備を進めているところだった。だからだろう、栗子は父が現地にいる間に旅行気分で訪ねてみたかった。そういう魂胆だろうと俺は思っていたし、実際、そんな感じらしかった。
それに、と俺は確信した。やはり、寂しかったのだと思う。そして、会いたかったのだろう、と。

 なんとなく不思議な気持ちだった。血の繋がりはなくても父は父であり、俺を育ててくれた親である。その父を好きで、心配して、親身になってくれる存在は、嬉しいものだった。そして、その相手が同じように俺のことも好きでいてくれて、心配もしてくれる。それこそ、母親のように。

それが、妙に嬉しかった。俺は、まだ母を失った可哀想な子どもなんだと、心の奥がちくりと疼いたが、それでもその高揚感は温かいものだった。


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