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曼荼羅

曼荼羅 2

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「集団練炭自殺とかさぁ、一緒に死にましょうみたいなサイトあるけど、あたし、ほんとうに分かんない。なんで死にたいの? あたし、生まれてから今まで一度も死にたいなんて考えたことない。どういう思考の果てに死にたいってことになるの?」

 くるんと丸い大きな、悲しいって単語知ってる? と聞きたくなるような澄んだ瞳で俺をじっと見つめて栗子は僅かに首を傾げた。
 さっきまでごりごりとコーヒー豆を挽いていたと思ったら、コーヒーを淹れたと同時に、冷蔵庫からいつの間に仕入れたのかシンプルなレアチーズケーキを一片取り出して皿に用意し、一人でコーヒータイムを始めている。

「いっぺん死んでみれば?」
「やだなぁ、鴻ちゃん。あたしだって、いっぺんくらい死んでみたから、今、生まれ変わってここにいるんだと思うよ?」
「天寿を全うしてクソババァになってからしか死んだことないんだろ」

 俺の冷然とした返答に、栗子はきゃらきゃらと笑い声を立てた。俺は、自分で紅茶のポットを用意し、沸いていたやかんのお湯を使って紅茶を淹れた。そして、フォークだけを取り出してきて、栗子の皿のケーキを反対側から勝手に食べ始める。

「さて、では、今は何度目の転生でしょうか!」
「何度目かは分からんが、俺はこれが最後だってことだけは分かる」
「どうして?」
「もう、生まれ変われないくらい酷いことをして死ぬからさ」
「それはそれは、なかなかそそる言葉ではありませんか! 生まれ変われないくらい酷いことってどんなことだろうね?」

 栗子の目は、言葉よりも雄弁に彼女の心理を語る。先ほどまでの純真無垢を装っていた瞳が一瞬で暗い孔に豹変した。こいつは、目という機能以上のもっと奥深くでこっちを窺っていると思う。

「心配しなくても、法には触れないよ」
「おや、あたしがそんなことを心配するとでも?」
「じゃあ、しないのかよ」

 ふふ、と彼女は瞳をきらりと光らせた。

「あたしが心配するのはさ、鴻ちゃんが死に寄ってしか救いを求められない状態に陥ることだよ。死んだら終わりなんじゃなくて、死んだらそこから永遠の地獄の始まりなんだよ。業火に焼かれ続けるのって、けっこう辛いもんだよ」
「地獄の業火に焼かれたことでもあんのかよ」
「そりゃ、一度や二度は」

 笑みとも苦悩ともつかない奇妙な表情を浮かべて、栗子は俺に向かって神妙に頷く。俺は何か言おうとして口を開きかけ、真面目に答えることが面倒になってそのまま口を閉じた。

「でも、記憶にはないけどね」

 そりゃ、そうだろうとも! あったら尊敬してやるよ。

「あ、なんか呆れてない?」

 呆れるなって方が難しいことをほざいとい何言ってやがるか。

「ねぇ、それでもさ」栗子は微笑んだまま、そして、ケーキを一口ほうばったまま続ける。「辛いことがあったときに、その辛さを目いっぱい抱えた状態で死ぬのはやめた方が良いよ。だって、その心理状態はそのまま未来永劫ずっと、続くんだよ。辛い状態の苦しみだけがずっとずっと」
「だから、いつ、そんな目に遭ってみたんだよ」
「いや、記憶にはないんだけどね」

 ハナシにならん。
 にこにこと笑みを浮かべたまま、栗子はふと俺から視線を外し、足元に寄ってきた猫の頭を撫でた。伏せられた顔を上から眺め、その小さな頭をみおろすと、彼女の小ささをふと心許なく感じた。さらさらと長い髪の毛が手入れもされずに無造作に伸び、時々それをかき上げる仕草が唯一女性らしく見える。それでも、栗子が‘女’としての特性をまったく抱いていないから、俺は彼女といて息が吐ける。

「旅行、行こうか」

 不意に顔をあげて栗子は目をきらきらさせた。

「はあ? 何を唐突に」
「明日死んでも後悔しないように、出来ることはやっとこうと」
「死にたいと思ったこと、ないんだろ?」
「死にたくはないけど、いつ死んじゃうかは分からないじゃん。だから、死ぬとき‘ああ、チクショー、あれもやっときゃ良かった’‘あれも食っときゃ良かった’って後悔しないようにさ」
「どこに行くのさ」

 すると、それまで饒舌に自信満々に語っていた栗子は不意に俺に横顔を向けた。

「そ…そうだね、ほら、九州とか」

 俺は、最後の一欠片のケーキをフォークに突き刺したまま、動きが留まってしまった。

「なんだよ、喧嘩でもしたのかよ」
「違うよ、だから、ほら―」
「一人で行けよ。俺が行ったって」
「だからっ! 鴻ちゃんも一緒じゃないとダメ!」
「何がダメなんだよ。俺に気を使うなよアホ」
「アホとはなんじゃ、母親に向かって!」
「栗子は、俺の親父の再婚相手であって、俺の母親ではないんだよ」
「どうしてよっ」
「お前なぁ、どうして、自分より年下のガキを母親だと思えんだよ」そして、俺はここぞとばかりにたたみ掛ける。「だいたい、死にたいと思ったことないなんて、嘘だろが。じゃあ、なんだって自殺勧誘サイトみたいなとこを覗いてるんだよ」
「違うって。そういうサイトで、一人くらい救えないもんかと思ったんだよ」
「救えるわけないだろ。それこそ、余計なお世話だし、関わるなよ、そんなやつらと」
「いや、死にたい死にたい、って発信している人たちは、それって生きたいっていう悲鳴なんだって。だから―」
「やめろ」俺は言った。「そんなやつらより、単身赴任の親父のことを頼むよ。むしろ、栗子は親父について九州行けば良いんだよ」
「ダメだよっ」

 間髪入れずに栗子は立ち上がって叫んだ。その勢いに俺は思わず身を引く。

「あたしの使命はね、鴻ちゃんを一人前の大人になるまで見守ることなんだから! それをせずに絶対、絶対、死ねないんだから」

 俺は、感動したというより、なんとも言えない奇妙な感慨を抱いた。

「栗子…俺の母さんが死ぬとき、何か頼まれたの?」

 栗子は、そのまますとんと椅子に腰をおろした。

「分かんない。でも、なんでかあたし、鴻ちゃんに出会ったとき、あ、あたしの子どもだ、って思ったの。そして、貴樹に会ったときは、あ、あたしこの人の妻になるんだ、って分かった」

 あっそ、と俺は何度か聞いた告白を受け流す。

「なんでか、あたし一人が鴻ちゃんのお母さん見送っちゃったもんね。でも、あのとき、特にお母さんは何も言ってはいなかったよ。あたしが誰なのか分かってなかったみたいだし」
「…そうだったな」

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