ザ!霊障

ザ!霊障 第一部 6

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 11月の前半、柚矢は引っ越しのため、少しずつ新居に家具を運び出していた。机や本棚、暖房器具(灯油ストーブ)など。
12日より2泊の予定で朱鷺は東京へ出かけた。

11月12日(土)自分が何人かに分かれてその内のほとんどがどっかに行ってしまってるのではないろうか。柚矢の日記より。

13日(日)マンガの設定を引越し先の家で考えていた。柚矢の日記より。その頃は、その物語に登場する子ども達を生かしていくためにのみ生きていた、と。自分が死んでしまったらその子たちも死んでしまうから。

11月16日(水)
 憎まれ役とか、幕引き役とか、そういう役割を担う人っているんだな。
 13日に参加していたシンポジウムの最中、携帯に着信があった。そして「電話が欲しい」という伝言も残っていた。相手は柚矢の家主さん。
 気付いたのはシンポジウムの休憩時間だったと思う。休憩時間といっても、すぐに再開するし、朱鷺はこのシンポジウムをほんとうに楽しみにしていた。この東京出張は、正直、僅かな現実逃避でもあり、明らかに面倒そうな現実に煩わされたくなかった。
 この家主さんと出発前に交わした会話を思い出すと、お腹の底から黒いものが立ち上ってくるようなイヤな感じを受ける。
 前の週の8日(火)、朱鷺は町内に住む伯母の診療をしていた。その日は家主さんの予約も入っていた。伯母の施術に思いのほか時間が掛かり、迎えに行くと言っていた約束を守れそうになくなった。止む無く、その日、家にいた柚矢に彼女の迎えを頼んだ。
「あれ、どうして家にいるの?」と聞かれて「ちょっと精神的にあって、休みを取ってます」と柚矢は答えたそうだ。それで、家主さんは驚いた。
 柚矢のことを根掘り葉掘り聞かれ、挙句の果てに、自分の勘違いをすべて「(柚矢の)頭がおかしいから」だと言い始めた。診療中に、彼女は柚矢との会話を事細かに話し始めたのだが、それはたぶん貴女が耳が遠いから起こる勝手な解釈だよ、ということや、自分が言ったことを忘れているんだな、ということが多々語られた。
 聞いていたことと違う話をされたときは、「じゃ、柚矢が勘違いしていたんですね」と言っておいたのだが。
「なんだか、心配だな」と家主さんは言った。「一人にして心配じゃないの?」とも。
「心配してるんだよ」と言うので、「分かります」と答えておいた。
 それが脳裏を過ぎった。いずれにしろ、絶対に楽しい話ではない。今はそういうことに心乱されたくないし、朱鷺は東京にいて、どうせ何も出来ない。どうしても用があるなら、家に連絡を入れてくれれば良いのだ。親戚なんだから。
 それでも、シンポジウム終了後の懇親会前に少し時間が取れる予定だから、そのときで良いや、と考えていたのだ。
 連絡を取るべきでないとき、って都合よく邪魔が入るもんだ。その日のシンポジウムは時間通りには終われず、17時15分終了予定が、17時45分まで押して、18時に始まる予定だった懇親会は18時半からになったが、それでも会場の移動などでほとんど時間が取れなかった。17時半過ぎにもかかっていた電話にももちろん応対出来なかった。
 朱鷺に連絡がつかなかった家主さんは、翌日、家に来て言い放ったそうだ。
「約束を守れないようじゃ、家は貸せない。出て行って欲しい」
 その約束とは?
 柚矢が家主さんに家を貸して欲しい、と話したとき、相手は「良いよ、知らない人に貨したくないから。家賃もそんなに要らないけど、お互い気を使うだろうから、1万か2万で良いよ」と言ったそうだ。それを帰ってきた本人に朱鷺は聞いた。そういう言葉はものすごくしっくり来る言葉で、違和感もなかったし、これはほんとうだったと今でも思っている。
 しかし、家主さんは「良いよ。家賃は2万円ね」と言ったと火曜日には言い出していた。(後に人づてに聞いたら、3万に跳ね上がっていた)。なので、「じゃ、こっちが勘違いしていたんですね」と朱鷺は答えたのだ。
 最初、1万か2万で良い、と言われたというので、そりゃ、安い方が良いに決まっている。しかし、さすがに1万はなぁ、と「きりが良いところで、年間15万円にしてもらえば良いんじゃない? そうして、年間一括で払えば良い」と朱鷺はそのとき提案した。
 それで、数日前、柚矢はその話をしに行ったらしい。そのときの会話を朱鷺は本人から報告を受けていないので分からないが、家主さんの話は彼女の勝手な妄想だな、ということがいくつもあった。
「この間、柚矢ちゃんが来て、突然、家賃を1万円にして欲しいんですって言われたんだよ。だから、え、2万円って約束だったよね、って言ったけど、でも1万円にして欲しいんです、そうしたら一括で払いますから、って言うんだよ」
 後日、一緒に買い物に出かけた先で、頃合を見て朱鷺は柚矢に言ってみた。
「なんか、家主さん、家賃は2万円って言ったって言うんだよね。固定資産税とかが新築だから高いからなんだって」
「あ、そうなの。じゃ、24万おろしてくる」
 あっさり答える柚矢の反応を見て、やはりあの会話は彼女の妄想だと確信した。
「でも、固定で2万なんて聞いてないなぁ」と呟く柚矢。つまり、「え、2万って言ったよね?」自体がそもそもなかった会話だったのだ。だいたい、2万って言ったよね? と言われたら、それ以上食い下がって「でも、1万にして欲しい」なんて言う子じゃない。お金に関してはものすごくドライで、そんなにケチケチしないのだ。
 家主さんの妄想話は更に続いていた。彼女は、柚矢が、恋人つまり婚約者と住むんだと思っていたと、確かに最初から言っていた。しかし、「それはないと思います」と、最初のときに朱鷺もきっぱり否定していたのだ。柚矢も「友達が一緒に住むかも知れません」と答えたと朱鷺にも言っていたし、だいたい恋人なんていない。その頃、それどころじゃなかったのだから。
しかし、家主さんは言う。
「聞くと、恋人はいる、って言うんだよね。前はなんとかって仕事をしてたけど、今は辞めて別のことをしてるって言って」
 はい? とさすがに朱鷺は呆れて、それには返答しなかった。そんなことを柚矢が言うわけは100%ありえない。今は「恋愛」に興味はない。と言うよりも、そんな風に心が動く余裕などないのだ。生きているだけで精一杯なのだから。確かにかつて付き合った相手がいたことがあったが、今はいない。
「なんかおかしいな、とは思ったけど、友達はたくさんいます、って言うんだよ」
 それもよく分からない。一緒に住むかも知れない友人は一人だし、その子を連れて、挨拶にも行っているのだ。しかも、結局その友達は一緒には住めない事情が出来て、時々泊まりに来る程度かも、という状態になっていた。友達はたくさんいる、という発言の意図も分からないし、そもそも、だからなんだって言うんだ? と思う。友達がたくさんいちゃいかんのか? あんまりいろんな人を泊めて欲しくないって意味か?
 お金の話も同居予定人の話の食い違いも、柚矢が精神的に不安定で、頭がおかしいからだと彼女は言う。
「朱鷺ちゃんも大変だろうけど、私も弟を見てきたから、そういうのは分かるから」
 最後に家主さんはそう言った。いろいろ言ったけど、心配しているんだよ、と。
 その時点で、実はもう朱鷺はシャッターが下りかけていた。
 心配=イヤ。心を煩わされることへの警戒。
 大変=イヤ。自らに降りかかる諸々の迷惑に対する嫌悪感。
 心配とはつまり否定なのだ。
 朱鷺は今まで大変だなんて思ったことはない。そして、今は別に悩んでもいない。とにかく、ひたすら、いつでも目の前にあることを精一杯尽くすだけ。心配をまったくしていないとは言わないが、過剰な心配はしていない。気遣いはしても、それが大変だとか心配だとか、だからイヤだとは考えたことがない。
 この方は、精神的に病んだ人を異常者だと思い、迷惑を掛けられたと思い、心の底から嫌悪を感じているんだな、と分かった。
 東京にいる間に、朱鷺は携帯電話を持ってから初めてのことをした。家主さんの番号を着信拒否設定にしたのだ。
 もう、この人と生涯話すことはないだろう。だって、もう無理だ。恐らく、朱鷺に何か言うことがあるとしたら、自らを正当化する言い訳、或いはこちらを責める言葉。もしくは、口先だけの侘びの言葉を並べるつもりなんだろう。それを聞く余裕はない。吐き気がする。いや、祖父母の話に寄ると、一方的な契約解除に対して、詫びの言葉は一切なかったそうだ。頭のおかしい人に家は貸せない、という。すぐにも出て行って欲しいと。
 まず、仏間に荷物を入れたことが気に入らない。そこは、法事とかで親戚を集めたときに使うからと柚矢にも言ってたのに、と。しかし、柚矢の使っていたけっこう大きな机を入れられるような、他に本棚やボードなどを置ける個室として使える広い部屋はそこしかなく、あとは寝るためだけの3~4畳程度の小さな部屋が隣にあったと記憶している。玄関を挟んでキッチンとリビングがあるが、そこは柚矢が雑貨製作や落ち着いてマンガを描いたり出来る空間ではない。家主さんは、その家の庭の畑に来る度に、家の中に入って休みたいと言っているのだから。
 柚矢は、お香を買って部屋で焚いていた。それに、やはり中古の家は前の住人の匂いが残っているらしく、匂いというものに敏感な柚矢は、お香を焚いて場を清めようとしていた。しかし、家主さんには、その一風変わったお香の匂いが「変な匂い」として感じられたらしい。
 その後、朱鷺がまだ東京にいる間に、家の中は大変なことになっていた。
 柚矢は、まだそれを知らずに少しずつ引越しを進めており、日曜日、朱鷺がシンポジウムの日は、何年か振りに祖父母と一緒に買い物に出かけて寝具を買ってもらって喜んでいたそうだ。そして、誰もがホッとして帰宅したとき、家主さんが現れたらしい。
(祖母が対応して、柚矢は直接会っていないそうだ。)
 東京と家とで、何度もメールのやり取りをし、朱鷺もそのとき訪ねていた東京在住の家族を巻き込んでいろいろ話しをした。「せっかく前向きになって引っ越しを進めている柚矢に、なんて言ったら良いんだ」とおろおろする祖父母に、朱鷺は「帰ってから朱鷺が言うから」と伝えた。柚矢は何も知らずに、朱鷺と猫の様子をメールでやり取りして、元気そうだった。
 その後、柚矢は相応に傷つくことになるし、祖父母も心配のピークだった。
 でも―
 と、朱鷺は東京にいるときに一緒に過ごした家族にも言った。家主さんは、そういう役割だったんだよ、と。朱鷺の家の中が、家族の間があまりに冷え切っていたから、和解させてくれるために彼女が憎まれ役を担ってくれたんだよ、と。
 だから、吐き気がしてもう会えないけど、生涯関わることはないだろうけど(それこそ、親戚なのでどちらかが死ぬときまでは)、特に憎んでも恨んでもいない。むしろ、感謝している。これは本当。
 まだ真っ只中で、渦中で、混沌としているし、皆泣いているし、散々ではあるが、家の中で、20年振りくらいにたくさん話しをしたし、している。
 朱鷺は淡々としているつもりで、どうして良いのか分からないとおろおろもしないが、時々キレてはいる。そして、「言い過ぎた」と反省をしたり、どんな言葉で説明すれば分かってくれるのか考えたりもしている。いや、柚矢に対してではない。そっちはもう10年以上見てきているから、何も悩んではいない。
 何度説明してもなかなか理解してくれない相手に、一から話すのはなかなか疲れる。何度も繰り返しても、常に最初に戻ってしまう。
「自分はどーでも良いのだ、家族に幸せになってもらいたいのだ」
 祖父の勝手な言い分に、ああ、と朱鷺は大きく息を吐く。それをここで言ってる時点で、それはもう無効となっているよ。
 東日本大震災のとき、「自分はもう充分生きたから、逃げなくて良い。津波が来たら諦めるから」と家に残ったお年寄りがたくさんいたという。しかし、それは自分だけではなく周囲の人を巻き込むことになりますよ、ということだ。いくら「もう逃げない。死んでも良い」と本人が言ったとしても、「そうですか」とさっさと逃げる家族がいますか? 消防団員の方が引き下がりますか? そのお年寄りを説得するために費やす時間で、その場に残って助けようとした人の命まで危険にさらすことのなるのだ、と。
 それと似ていると思う。
朱鷺は求められたことに応えるだけで、出来ることを尽くしているだけだ。そこに乗り越える苦しみや困難はあっても、悩みはない。
 揺らぐことはあっても、信じたことを貫く覚悟は出来ている。

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