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天女のように

天女のように 15 悔恨 

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 2年前のことだ。実は、良太郎から連絡があった。彼が親の勧めで結婚したことは噂で聞いていた。優しい人だったし、ご両親をとても大切に思っている人だったから、ごく当然の結果だったんだろうと考えていた。どこか寂しくはあったが、仕方がないと思った。忘れようとしていた。

 子ども達が寝静まり私も眠りかけていた真夏の真夜中近く、不意に携帯が鳴った。もう彼の番号は消していたので相手が誰なのか分からなかったが、「もしかして、兄からかも知れない」と出てみた。

「あ…ごめん、こんな遅くに」

 兄はこんな常識的な受け答えをする訳がない。

「―誰ですか?」

 怪訝そうに警戒する私の声に、相手は僅かに動揺したような気配があった。

「ごめん」

 その柔らかい声の調子に覚えはあった。だけど、まさか、と私は思った。

「すみません、どちら様ですか?」
「分からないの?」
「…分かりません」

 いや、ここで私は分かった。分かったけど、咄嗟にどう反応して良いのか分からなかった。

「良太郎?」

 息遣いが聞こえた。

「ごめん」

 私はそのまま沈黙した。ちらりと子ども達の寝顔を見て、部屋を出る。

「会えない?」
「今?」
「…うん」
「どこにいるの?」

 彼は隣町の24時間営業の店の名前を言った。

 その夜、何故、安易に呼び出しに応じてしまったんだろう。いや、私も会いたかったのだろうか。

 部屋に戻ってそっと着替えた。そして、なるべく音を立てないように細心の注意を払って少しずつ玄関の扉を開けて、私はそのまま夜の道を歩き出した。その店は駅三つ向こうの駅前だったので、とりあえず駅に向かい、電車に乗った。こんな時間なのに電車はまだ動いていて、何より、客の数が思ったより多くて私はびっくりした。こんな時間でも、日常的に動いている人が大勢いるんだな、という事実に。なんだか、非日常の世界に迷い込んだ気がして変に気分が高揚していた。

 いや、久しぶりにかつての恋人に会うというワクワク感と、彼に奥さんがいる、という妙な罪悪感と共に背徳的な暗いものを共有する相手に私を選んだ彼の弱さに対する嫌悪のような、悲しさとでも言うのだろうか、そういう相反したものを抱いていた。

 彼はもうすっかり冷めたコーヒーのカップを目の前に置いたまま、ぼんやりと窓の外を見つめていた。そして、「やあ」と私の姿を見つけて心から嬉しそうに笑う。変わらない笑顔の中に、かつてはなかった生活の疲れのような影を見つけた。それが明確な嫌悪感を私に抱かせた。

 私はカプチーノを頼んで彼の隣のカウンターのような席に座った。子育てをしていると、自分の物にお金を掛ける気になれなくて、私はここ数年まったく服を買っていなかった。だから、その夜慌てて身につけた服は、恐らく彼の記憶にある普段着だったのだろう。彼は私を見つめてものすごく懐かしそうな目をした。

「変わらないね、君は」
「…良太郎は、疲れてるみたいね」
「うん」と彼は微笑んだまま息を吐いた。
「ごめんね、こんな夜中に呼び出して」

「ううん」と私もどこか異空間を楽しむような気分で笑った。そうだ、ここはいつもの日常とはかけ離れた世界だ。ここでなら何をしても良いのだ、という開放的とも言える気分になった。

 私も少しは疲れているのかも知れない。ある日突然‘母親’になって、それまでのすべてをひっくり返して子どものために組み立てなおした時間配分に。それが決して辛い訳でもイヤな訳でもなかったが、時々、まだ大人になりきれていない子どもの私が、こうやって息を吐きたくなることもあるのだろう。

 人は子どもが出来たからって、すぐに‘親’になれるものではない。子どもと一緒に、‘親’になっていくのだ、と。そんな当たり前のことを実感する毎日だ。

「うまくいってないの?」私は聞いた。
「え」と彼は私を見つめて、「何が?」と視線をコーヒーに落として、意味もなくスプーンで黒い液体をかき混ぜる。
「仕事とか―」私はその手の動きを見つめながら言った。「家庭とか」

 良太郎の指がくるくるまわす銀色のスプーンがコーヒーの面を不安定に波立たせていた。

「うん」と彼は目を伏せたまま答えた。「うまくいってない」
「帰宅拒否とか出社拒否とか?」

 気軽な調子で私は言い、泡ごとほろ苦い液を喉に流し込む。付き合っていたときは、私は大抵エスプレッソを頼んでいた。カプチーノなんて飲むことは滅多になかったし、彼も本当はコーヒーを飲む男ではなかった。カフェ・オ・レとかココアとか、甘い飲み物が好きだったのだ。

 微妙に何もかもがズレている気がした。居心地が悪い。

「そこまではしてないよ」
「現に、今」

 私は窓の外に視線を移した。そろそろ外を歩く人の姿は減っていた。

「いや、これから帰るよ。君の顔も見れたし」

 そう言われると胃がきゅっとなるような寂しさを感じる。人間の感情とは勝手なものだ。

「うん、私も終電逃すとまずいから、そろそろ」

 会ってまだ二十分も経っていなかったのに、実際、本当にもう終電の時間が迫っていた。

「ありがとう、ここまで来てくれて」

 二人は慌ててそれぞれのカップを空にする。ブラックのコーヒーを一気に飲み込んだ彼は「苦い」という表情を浮かべて、それを見て私はなんだか安心した。なんだ、彼も何も変わってないじゃん、と。

「また、連絡しても良い?」

 それはマズイでしょう、と。今日限りにしようよ、と言おうとしたのに。私はただ頷いていた。

「おやすみなさい」
「おやすみ。ありがとう」

 もう一度彼はお礼を言って頭を下げた。
 


 そして。なんとも言えない気持ちで帰宅した私を待っていたのは―。私を探して泣いていた小さな暁の姿だった。
 

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