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藍色哀歌

藍色哀歌 第三部 飛翔3

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 彼は名乗らなかった。だから、本名を僕は知らない。その後、彼は僕の名前―蒼次郎の名で呼ばれ、僕として生きてくれると約束してくれたので。

 成島蒼次郎は、死んではいけない。

 何故なら、蒼次郎を待っている人がいる。僕の存在を拠り所に生きている人がいる。僕は彼女との約束を果たし、彼女を鳥籠の中から救い出さなければならない。

 彼は僕のそんな話を真面目に聞いてくれた。毎日、僕の病室に通い、ただ、僕の話を聞いてくれた。そして、約束してくれたのだ。成島蒼次郎として、僕の代わりに藍子さんをあの家から、彼女の歪んだ運命の輪の中から救い出してくれると。

「どうして」僕はあるとき、彼に聞いた。
「どうして、貴方はそんなことをしてくれるんですか? 赤の他人の僕のために…?」
「それはもちろん」彼は笑った。「俺にもメリットがあるからだよ」
「え?」
「あんたは、人を信用し過ぎる。下心がない人間なんている筈がないと肝に銘じておいた方が良い」
「でも、貴方は僕を助けてくれた」
「目の前で死なれるのは好きじゃないんでね」
「僕の頼みを聞いてくれた」
「…それをあんたは確認する手段があるのか?」

 ふふ、と僕は笑った。

「貴方は、約束を守ってくれますよ」

 確信があった。

 僕の目を一瞥し、彼は少し笑ったように見えた。年の頃は変わらないようにも見えたが、幾分年上であるのかも知れない。彼は血のように赤いシャツを着て、沼の底に生い茂るような、闇を呼吸しているような藻の色―そう、ダークグリーンのジャケットとパンツを穿いているので、病院の中の白衣と対照的にとても目立つ。

「生きて、俺が約束を果たすのかしっかり確認した方が良い」

 彼は大抵、壁に寄りかかって斜め上から僕の話を黙って聞いていた。彼自身のことはほとんど話さなかったし、実を言うと、僕にも彼の話を聞く余裕はなかった。

 メリットがある、と彼は言った。それがどんなものなのか、僕は正直どうでも良かった。むしろ、もし本当にそうだったら良いと思う。ただ、藍子さんとの約束を果たせれば、彼女が自らの人生を生きる手助けをしてくれるのなら。

 生きろ、と彼の目が言っていた。だから、ありがとう、と僕は答えた。

 彼のあまり表情のない瞳をそれでも信じられると思った根拠が、実は僕にもよく分からない。だけど、彼の目は不躾なほど真っ直ぐで、まったく曇っていなくて、これ以上ない冷酷さや非情さをどこかに感じるのに、たったひとつ、彼は目で嘘を吐けない人だと僕には思えた。彼の奥底に潜む恐ろしいくらい透明な深淵を感じることが出来るような気がした。死と本当に仲良くなってしまった僕にだけ感じられる命―魂の鼓動のように。


 藍子は、すう、と息を吸い込んで母を見つめ、口を開いた。

「お母さま。今、ここにいらっしゃる蒼次郎さんは、今まで私がお手紙のやり取りを続けてきた方とは別の方なんです」

 母は真顔のままぽかんと娘の口元を見つめた。

「藍子さん、何をおっしゃっているのか分かりません」
「ですから、―蒼次郎さんは、別の方なんです」

 藍子にもどう説明して良いのかが分かっていないのだ。ただ、どうしてもこれは家族が共有しておかなければならない秘密だった。

「どういうことですか?」
「今ここにいらっしゃる蒼次郎さんは、今後とも成島蒼次郎さんです。それは変わりません。私は蒼次郎さんと結婚します。それも変わりません。ただ、―私が文通を続けてきた方とは別人だということです」

 母は、しばらく娘の顔をじっと見つめていた。

「では、本物の蒼次郎さんはどこに?」
「…はっきりとは分かりませんが」藍子の声は僅かに震えた。「ご病気なんだと思います」

 母は、しばらく黙った。

「お聞きする勇気がまだありませんでした。いずれ、お話しくださると蒼次郎さんがおっしゃいましたので」
「ご病気」

 呟くように母は声を漏らした。その意味を考えて、母は僅かに顔を歪ませた。婚約者の失踪に寄る破談、それは絶対に避けなければならない事態である。視線を落としていた母がやがて顔をあげた。

「それを、あなた方は納得の上だということですね?」
「ええ」藍子は頷いた。
「彼は今後、成島蒼次郎として生きていくということですね?」
「ええ」

 母と娘はしっかりと見つめあった。

「成島家では、それを―」
「成島のお義父さまは、蒼次郎さんが別人だとは疑っていらっしゃらないようですし…」

 母は僅かに逡巡した。

「それがいつか露呈してしまうという可能性は」
「もともと蒼次郎さんとお義父さまはそれほど頻繁にお会いする間柄ではありませんでしたし、今後もそれほお会いする必要はないと思います」
「問題は何もない、ということですね?」
「はい」
「藍子さん、あなたは?」
「私は、覚悟は出来ております」

 母は、頷いた。

「分かりました。このことは、折をみて私からお父さまにお話ししておきます」

 母親のこの反応を藍子は予想していた。予定されていた娘の婚礼が無事に挙行されるためなら、母は、多少の傷には目をつぶるだろうことを。彼女にとってもっとも大事な部分は、娘婿が本物かどうかなどではないことを藍子は分かっていたのだ。

「お願いします、お母さま」

 藍子はホッとして微笑んだ。そして、俯いたまま静かに言った。

「お母さま」声が震えた。
「私、今までずっと私を支えてくださった蒼次郎さんに、一目だけでもお会いしたい。どんなご事情がおありなのかは分からない。ですけど、どうしてもお会いしたい。せめて、これまでのお礼を―」
「藍子さん」

 母の声は冷たかった。

「諏訪の名に傷をつけるような行動は謹んでくださいね。そんな、婿が偽者だなんてバレるような…いえ、疑われるようなことは許しません」

 藍子は身を縮めて小さな声で頷いた。
 部屋を出るときふと振り返ると、すでに母はもう娘のことを見てはいなかった。

 言葉にすると尚、藍子は、文通相手だった蒼次郎への想いが苦しいほど募った。今まで様々なことに翻弄され過ぎて考える余地のなかった兄と慕う蒼次郎への思い。胸が苦しくなるほど、会いたいと思った。

 そう、会いたいと、あれほど願っていたのは、彼女の心の拠り所だった幼馴染みであり婚約者であった蒼次郎なのだ。会える日をあれほど待ちわびた相手。

 何故、身代わりの男を送ってきたのかを、彼の口から聞きたいと思った。何故、彼自身が藍子の前に現れてくれなかったのかを。
 せめて、彼の口から。



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