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藍色哀歌

藍色哀歌 第ニ部 魍魎4

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 あっという間に9月が始まった。夏休みが終わり、藍子は学校が再開していた。大半の生徒がそうであるように、藍子も自ら電車に乗って友人たちと一緒に通学路を歩く。大学生の筈の蒼次郎は、しかし決まった時間には家を出ない。日中にふらりと姿が消え、藍子が帰宅する頃には大抵屋敷に戻っているという状態だ。勉強道具を持ち歩く訳でもなく、携帯電話で連絡を取っている相手は友人という雰囲気ではない。歩いて家を出た蒼次郎が屋敷の外の道路で待っていた車に乗り込んで去っていく姿を見かけたりもした。その不可解な行動に、藤堂と狭霧は何度か蒼次郎の行き先を突き止めようとしたが、ふと気付くと蒼次郎の姿は消えている。そんなことばかりが何度も続いていた。

 しかしあるとき、車で町に出ていた藤堂は、偶然、蒼次郎の姿を見かけた。濃いワインレッドというのか、まるで静脈血ようなシャツの色がまだ残暑の残る季節の中では奇妙に目立っている。そのとき彼は、客人を駅へ送った帰りで、あとは屋敷へ戻るだけという僅かに空いた時間だった。

「遂にやつの尻尾を掴めるぞ」

 藤堂は、藍子に対する興味はすでになかったが、むしろ蒼次郎に疑念を持ち、その正体に興味を抱いていた。

「カタギの男じゃあないよな、あれは」ハンドルを握るその瞳にどこか獲物を追うハンターのような光が宿る。
「正体を暴かれたらやつはどうするかな?」

 町をただブラついているだけのような様相で、蒼次郎はゆっくりとショーウィンドゥを眺めながら歩を進める。まるで警戒心のない気軽な足取りだ。それでも、その真っ直ぐ伸ばした背筋が独特の空気をかもし出し、周囲から一種浮き上がって見える。車で彼を追い抜き、少し先の駐車場に入れて蒼次郎が通り過ぎるのを待つ。

 やがて蒼次郎の姿が見えてきた。彼が通り過ぎたらその後を追うつもりだった藤堂は車の運転席で身を潜めていた。
 しかし、蒼次郎は真っ直ぐに駐車場に入ってきた。

「ここに車でも停めていたのか?」

 ぎょっとして藤堂は運転席を倒し、外から見えないように身を隠した。どの車に戻るのだろう? やつは車を所持していたのか? いったい外で何をしているんだ? 様々なことを思いながら周囲で車のエンジンが掛かる音を待っていた。

 そして、次の瞬間、藤堂は思わず声をあげそうになって口を押さえた。窓から蒼次郎が無言で彼を覗き込んでいたのだ。
 慌てて身体を起こし、藤堂は窓を開けた。

「や…やぁ、蒼次郎くん。ここでサボってるのが見つかっちゃったなぁ」

 必死に笑顔を浮かべてみるが、蒼次郎はにこりともしなかった。

「下手な尾行はやめておいた方が良いですよ、藤堂さん。俺には構わないことですね」
「な、なんのこと―」
「貴方の相棒にも忠告しておいてください。俺の部屋を漁ったところで何も出てきやしません。今度現場を見つけたらただじゃ済みませんよ」

 蒼次郎はただ淡々と話しているに過ぎなかったのに、その目は僅かに細められてすらいたのに、相手が彼を見下ろす位置にいるというだけではなくその殺気のような威圧感に藤堂は背筋が粟立った。

「あ…ああ、分かった。もう戻らないと―」
「ええ、どうぞ」スッと一歩下がって彼は身を引いた。「道中、お気をつけて」

 藤堂が座席を起こし、ウィンドゥをあげようとしたとき、ふと思い出したように蒼次郎は言った。

「ああ、それから藤堂さん」
「まだ、何か?」
「あの方…狭霧さん? 藍子さんに手出しは無用に願いますよ。もし、そんな素振りが見られたら―」

 思わず藤堂はごくりと生唾を飲み込んだ。

「即刻、消えていただきます」

 目だけが笑わない悪魔さながらの美しい笑顔に、藤堂は背筋が凍るのを感じた。


 大慌てで走り去っていく藤堂の車を見送って、蒼次郎は腕時計を見る。古い型の大きな文字盤、黒に近い濃紺の面に白い数字が丸く並び、アナログの秒針が静かに時を刻み続けている。間もなく午後3時だ。藍子が学校から戻るまでにはまだ時間があった。顔をあげると、彼はゆっくりと目的の場所へ向かって歩き出した。


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