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藍色哀歌

藍色哀歌 第ニ部 魍魎3

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 部屋に通された途端、蒼次郎は自分が贈った紫檀の姿見をどこか訝しげに見つめ、やはり鏡に写る世界の向こうに何かを探しているように藍子には見えた。

 鏡越しに視線が合った蒼次郎に、藍子は思わずどぎまぎと視線をそらせる。

「藍子さん」
「ぇ―あ、はい」
「落ち着いた女性らしいお部屋ですが、今朝は…いえ、ここ数日は心乱されるような出来事があったんですね」

 それほどあちこちを見ていたように思えなかったのに、蒼次郎の言葉に藍子は「え」と声をあげただけで動きを留めた。鏡の前に置き忘れたハンカチと髪留め。机の上に広げられた白いままの便箋。
 はっと青ざめて藍子は慌ててそれらに手を伸ばす。

「藍子さん、そのままで構いません。私はその理由の方が気になります」
「ぃ―いえ、…その」
「俺が…いや、私のせいですか。それとも、ほかに何か?」

 え、と藍子は髪留めとハンカチを握りしめたまま、振り返ることが出来ずにかあっと耳まで真っ赤になった。泣き腫らし、何度も鏡の前で涙をぬぐった。蒼次郎が贈ってくれた数々の品を手の中に抱きしめたまま。

「いえ、すみません。不躾でしたね」

 蒼次郎はふいと彼女から視線を外して、壁際へ歩み寄る。その気配を背中で感じて、藍子はおそるおそる振り返った。蒼次郎は壁に掛けてある現代画家の小さな絵を見上げていた。それは、藍子をモデルに描いてもらった、バラ園を背景にして少女が横顔で佇んでいるパステルカラーの幻想的な一枚だった。

「これは―藍子さんですね」

 藍子は驚いて蒼次郎の横顔を見つめた。いや、それは藍子をモデルにしているとはいえ、幻想的な色合いが強く、一見して彼女とは分からないものだった。

「どうして、そう思われるのですか?」

 すると、え、という表情で彼は振り向いた。その静かな目が真っ直ぐに彼女を射抜く。藍子は再び頬が熱くなるのを感じ、声をなくして視線を泳がせた。

「あの…ど、どうぞこちらにお座りになってください」

 藍子はしどろもどろに席を勧め、蒼次郎は無言でそれに従った。向かい合って座り、その緊張から藍子は沈黙に耐え切れずに必死に言葉を探す。

「あの…そ、蒼次郎さん。その、ど、どう…思われました?」
「どう―とは」
「え、―いえ。その…」

 俯いたまま小さな声で、藍子は目の前に座る相手の空気を必死に探っているようだ。蒼次郎は僅かに目を細めただけで真っ直ぐに彼女に視線を向ける。そっと顔をあげた藍子は、心の奥を見透かされているような居心地の悪さを感じて思わず視線を落とす。
特に約束をしていた訳ではない。しかし、お互いにこれ以上ないくらい膨らんだ想像との差異を正直に伝え合おうと暗黙の内に了解していた、気がしていたのだ。

 怯えたように視線を外した彼女の様子に、僅かに眉をひそめた蒼次郎は、「ああ」と思い出したように声を漏らす。

「では、俺のことは、どう思われました?」
「え」と藍子は急いで顔を上げた。
「想像…理想と違っていた―、そうではありませんか?」
「い―いえ、そんなことは…」

 手紙から漂う穏やかで温かい春風とはまるで違って、譬えるなら真夏の嵐のような逆らう術のない荒々しさを感じるのに、何故か不快に感じることはなく、むしろその奥に灯る炎が優しいものだと信じられる気がするのはどうしてなのか。

「俺は、かなり満足してます」

 その声に、はっと視線を合わせた藍子は、その瞳に宿る熱い色にどきりと心臓がはねた。

「今すぐさらって逃げたいくらいですよ」
「え―」社交辞令であろうと分かってはいても、かあっと頬が火照るのを感じ、藍子は両手で顔を覆った。
「失礼いたします」

 恭一郎が現れ、ワゴンを押して入って来た彼のいつもと変わらない淡々とした動作がゆっくりとその場の空気を日常に戻していく。

「ビスケットでよろしかったですか?」
「ええ、ありがとう、恭一郎さん」

 藍子が赤い顔をしたままホッとした表情を浮かべ、恭一郎は微笑を浮かべた。つい、と蒼次郎は立ち上がって窓辺へ歩み寄る。

「窓から庭が一望出来ますよ」

 自分に対する言葉と悟り、「ええ―そのようですね」と蒼次郎は恭一郎にゆっくりと視線を移した。一瞬のことだったが、恭一郎は彼の瞳に宿っていた暗い光を見た気がして、微かな違和感を抱く。

「庭に何か?」
「いえ。…確かに見晴らしが良い」

 紅茶をカップに注ぐとき、恭一郎は何気なく窓辺に寄り、外を見下ろしてみた。そのとき、ふと塀の外の通りに黒い人影が見えた気がしたが、目をこらしたときにはもう消えていた。

「どうぞ、ごゆっくり」

 恭一郎は二人がテーブルに就いたのを確認して、部屋を下がった。廊下に出て再度外を確認したが、静かな庭がそこに在るだけで、変わった様子は何もなかった。

 その日、藍子と蒼次郎は、それまでの思い出話などをゆっくりと語り合って時間を過ごした。婚約披露前に二人で会うという約束は遂に叶わなかったが、誰にも邪魔されることのない僅かの時間を得ることが出来たことは、藍子にとってかけがえのない大切な午後となった。


 藤堂と狭霧、そして蒼次郎にはそれぞれ3階に部屋が用意されてあり、藍子と両親の部屋は2階にあった。早めの夕食までを済ませて遠方の来客以外は帰っていき、成島と数組の夫婦だけがその夜、諏訪家に滞在した。

「似てない親子だと思わないか?」
「どういう血が混じってあの男からあの息子が…ね」

 成島と蒼次郎が廊下で出会って、まるで他人行儀な会話を交わしている親子の光景を藤堂と狭霧は憎々しげに見つめていた。

「一緒に暮らしたことはないし、ここで再会したのが十年以上振りだって聞いたけどね。事業を継ぐのは長男らしいし、次男坊は諏訪家に入って財を食いつぶす手伝いをするくらいだろうよ」
「諏訪家の名を継ぐのはお嬢さん一人ですから。極上のエサを攫われましたね」

 藤堂は蒼次郎の登場の仕方を思い出して不快さを露わにした。

「皐月親子の策略にまんまと引っ掛かってしまった訳だな」
「策略?」
「あんな登場が出来たのは、事前にここの使用人親子があの男を呼んで準備万端整えていたからに決まってるだろう」
「なるほど」

 ふん、と藤堂は踵を返した。彼はもう他人の手に渡ったしまった獲物に興味を失ったのだろう。

「諦めるんですか?」その背中に狭霧が目を細めた。
「あの男がもともとの許婚なんだろう? お嬢さんがあれだけ気に入っていれば、どうしようもないじゃないか」
「それは、その婚約者にまったく非の打ちどころがない場合ですよ」

 穏やかな笑みを浮かべたまま、独り言のように狭霧は呟く。それを聞いて藤堂は僅かに眉を寄せた。

「何かあるのか?」
「それをこれから探します」
「相変わらず、君はしつこい性格だね」
「ええ」狭霧もゆっくりと成島親子に背を向けた。


 翌朝、朝食を済ませた後の空いた時間、屋敷の広い庭に蒼次郎の背中を見つけて藍子は声を掛けた。声のする方を振り返る前に、彼は視線を感じて3階の窓にチラリと見上げる。

「おはようございます、藍子さん」

 振り返った蒼次郎は柔らかく微笑んで婚約者を見下ろした。どこか上気した頬をして藍子は幸せそうに蒼次郎を見上げる。彼の背後に揺れる木漏れ日がキラキラと反射してきらめきが降り注いでいる。

「お庭はお気に召しまして?」
「いえ」蒼次郎は少し首を傾げる。「俺には花の価値があまり分かりませんね」

 色とりどりの薔薇が花をつけ、その周囲を緑の生垣が囲っている。かつては、もっと華やかに生い茂っていたであろう花々は、今では手入れが行き届かずにまばらになっている株も多かった。庭師不在が見て取れる状態だったが、それでも庭は必死に生きようとしているかのようだった。まるで、この家の人々の心を写し取っているようだ。

「価値など」藍子は笑った。「花はただ眺めて美しいと思っていただければ充分です」
「バラがお好きなんですね」
「ええ」藍子は僅かに身を屈めてそばにあった薔薇の蕾にそっと触れた。
「これは、蒼次郎さんが初めて贈ってくださった花束の薔薇なんです。―覚えておいでですか?」
「残念ながら」蒼次郎は肩をすくめる真似をする。「花の選定は花屋に任せてますから」

 それを聞いて、藍子は、ふふ、と笑みを浮かべた。

「でも、昨日いただいた花束にも同じ薔薇が使われておりましたわ」
「それは、藍子さんの方が呼んだからでしょう」

 あら、と藍子は呆れたような声をあげた。

「薔薇の名前はご存知でしたか?」
「―ロイヤル・ハイネス。確かイギリスの皇室ゆかりの薔薇…でしたか。花屋がそう説明してくれました」

 藍子は驚いた顔をして蒼次郎をじっと見つめた。

「6歳の誕生日に、贈ってくださったのもロイヤル・ハイネス。この淡い淡いピンクの薔薇でした。10年後にもきっと贈ります、とそのときのカードに添えてありました」

 蒼次郎は目を細めた。

「残念ながら、偶然です。そんな気障なガキの言葉を本気で信じていたんですか?」
「蒼次郎さんは約束を違えたことはなかったですから」
「‘約束’なんて不安の言い訳です。人は、手の届く今しか確かなものはない」

 言葉は静かに紡がれているだけなのに、二人の間にはまるで激しい心の交流が見えるようだ。

「…庭をご案内させていただいても?」
「ええ。お願いします」

 見つめ合ったまま、二人はお互いに頷いた。

 お会いしたら、庭をご案内して差し上げます、と藍子は約束していた。手紙のやり取りの中で幾度か庭の花について語った藍子の熱心さに、蒼次郎が「いつか一緒に庭を散歩したい」と言ってくれた。だから先ほど蒼次郎の姿を庭の中に見つけたとき、藍子は嬉しくなって飛び出してきたのだ。

 蒼次郎は庭先に佇んだまま中へは足を踏み入れておらず、穏やかな佇まいのまま、そこから庭の奥をじっと眺めていたようだ。まるで何かを待っているかのように。

「私が幼い頃にはまだこの庭にはお世話をしてくださる庭師の方がいらっしゃいました。庭へ出るとたまに手入れの方法を教えてくださったものでしたが…」
「それは―ご両親にあまり良く思われなかったでしょうね」
「ええ」と藍子は寂しそうに頷いた。「それでも、花は、愛情を掛けただけ応えてくれる。それだけはずっと心に残りました」
「藍子さんは、花を愛している。だから、花は貴女の愛情に応えようと咲き誇っている。そういうことでしょう。庭の花を愛でる心は花にも伝わっている。そして、そうすることで藍子さんが幸せであるなら、それで良いのでは?」
「え」と藍子は何かが心の奥に灯るのを感じた。
「そう…思われますか?」
「愛することで幸せなら、それで良いんですよ」

 蒼次郎の唇の動きを、藍子はまるで不思議な音楽でも聴くように呆けたような表情で見つめた。

「蒼次郎さんは…あの、本当に―」
「ええ」蒼次郎は一旦その闇色の瞳を伏せた。「俺は、藍子さんを今すぐここで押し倒しても良いくらいですよ」
「え?」

 本気でぽかんと彼を見上げた藍子の様子に、蒼次郎は苦笑して目を細める。

「夜這いにはお気をつけなさい」


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