天女のように

天女のように 6 憧憬

 ←天女のように 5 残像 →天女のように 7 憧憬
 26歳を過ぎて、私もお付き合いする男性が出来たりしたが、相手はごく普通のサラリーマンで、ごく普通に優しくて、大好きだったが。何故か私は結婚という現実を考えることはなく、彼もそんな私を急かすこともなくズルズルと数年を共に費やしてくれた。

 そんな冬に差し掛かる寒い日のことだった。

 なんと、兄が帰ってきた。いったいどこで何をしていたのかさっぱり分からないが、相変わらず真っ黒に日焼けをして、訳の分からない傷を身体中にいっぱい作って、―そして、人生最大の驚き! 子どもを連れて帰ってきたのだ。しかも、二人も!

 3歳くらいの女の子と、生まれて数ヶ月の男の子。外見は間違いなく日本人なのに、女の子の方はどこか日本語がたどたどしく、時々、兄と知らない言葉で話しをしていた。目が大きくて睫毛が長く、可愛い子たちだった。そして、私には分かった。兄の子どもだ、と。あどけないその顔立ちの中の瞳の色が兄とそっくりだったのだ。キラキラと夜空のような、星屑を撒き散らした満点の星空のような光を宿した目を、私は兄の他に知らない。

 その日、いつものようにいつもの夕刻、私は仕事を終えて家に帰るところで。駅から家までの途上で前を歩く人影に私は奇妙な懐かしさを感じてその背中を見つめた。すぐに駆け寄らなかったのは、相手は右手に小さな子どもの手を引いて、左手に荷物を抱え、更に赤ん坊を背負っていたからだった。

「…兄ちゃん?」

 半信半疑で声を掛けると、その人影は振り返り、「おお!」と嬉しそうに笑った。

「お帰り…って、いったい何事なの?」

 兄はまるで悪びれなく、可愛いだろ? と手を引いていた女の子を抱き上げてみせた。肩まで伸びたさらさらで真っ黒な髪の毛。兄ほどではないが、日焼けして健康そうな肌をした丸い顔の女の子。背中に背負われた子は、眉が太くてキリッとした、恐らく男の子だろう、と思える顔立ちをしていた。

「うん、可愛い」それで私もとりあえず、女の子の頭を撫でて「はじめまして」と言ってみた。
「名前は?」
「暁と薫」
「女の子が薫?」
「いや、逆だよ、上の子が暁で赤ん坊が薫」
「…普通、反対じゃないの?」
「どっちもどっちだよ」そう言って笑う兄のいい加減さが懐かしくて、妙に嬉しくて、私は心がはしゃいでいた。

 それよりも、最大の謎。

「この子たちのお母さんは?」
「うん」と兄は微笑んだ。「お前がお母さんになってくれないか?」
「…はああ?」

 そこまでの会話を交わしている間に家に辿り着き、その後はお決まりの両親との悶着が一通り起こったのだ。

 それ以降、どんなにしつこく聞いても兄は適当にはぐらかして子どもの母親については詳しいことは何も話してくれなかった。なんとなく感じたのは。この子たちの母親は死んでしまったのか、或いは―。

 いや、その或いはの想像が多すぎて、更に、どんなに有り得ない仮定を考えても、兄の場合は有り得てしまうことがやっかいだった。

 紛争地域で出会った女性との子どもで、母親は反政府運動に関わっていて現在投獄されているとか。
 日本の裏の財政界、裏政界とかの大物の娘の子どもだとか。
 おかしな宗教や密教的なものに関わってそこの巫女さんだとかそういう禁忌の相手との子どもだとか。
 あああ、本気で頭痛がするほど何でもありだ。

「お母さんになってくれ、ってどういうこと?」
「いや、言葉通りだけど」

 涼しい顔で兄は言う。

「法的なことはなんとかするから、この子たちをまっとうな日本人として育てて欲しいんだよ」
「兄ちゃん」私は大きなため息を吐いた。「私、まだ結婚もしてないんだよ?」
「大丈夫」兄は私の肩をがっしりと両手で掴んだ。「お前なら出来る!」

 いったいどこまでが本気なんだろう、この兄は。

 しかし、私もこんな兄を持ったせいだろうか。まぁ、良いか、という気になってしまったのだ。唖然とする両親を二人で説得して、私は子どもを生んだこともないのに、あっという間に二人の子持ちになってしまった。

 何より。兄の連れてきた子ども達が可愛かったのだ。兄にそっくりな綺麗な目をして、まるで人見知りせずに私に懐いてしまった。寂しかったせいもあるんだろう。そして、兄と私の空気が似ていたから安心したのかも知れない。

 それに、私は知っているのだ。
 兄が、私を―、私だけを信頼してくれていることを。

 それまで付き合ったことのある女性たちではなく、兄は私に子ども達を託すために日本に戻ってきたのだ。だから、なんとなく分かってもいた。兄は、子ども達の無事を見届けたらきっとこの子たちの母親の元に戻るつもりなんだろう、と。子ども達の安全だけを、何が何でも確保しようとしたんだろう、と。

「兄ちゃん、私の、とは言わないから、せめてこの子たちの結婚式とかには帰ってきてね。それまで死なないでね」

 真顔でお願いすると、兄はくしゃっとした笑顔を見せて私の頭に手を置いた。

「寂しいこと言うなよ。お前の結婚式だって、連絡くれれば出席するよ」
「どうやって連絡するのよ」あれ? と何か引っ掛かるものを感じながらも私は眉を寄せた。
「どこに電話すれば通じるの?」
「こっちから定期的に連絡を入れるよ」
「本当?」

 疑わしそうに私は兄の目を覗き込んだ。

「出来るだけね」
「期待しないで待ってるわ」
「助かるよ」

 兄の笑顔が空気に溶けそうだった。ゾッとした。冗談として笑い飛ばしたかったのに、怖すぎて、私はそれを言葉に出来なかった。


関連記事
スポンサーサイト


もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 六趣輪廻
もくじ  3kaku_s_L.png 
もくじ  3kaku_s_L.png 夜船閑話
もくじ  3kaku_s_L.png 刹那
もくじ  3kaku_s_L.png 蓮華国
もくじ  3kaku_s_L.png タナトスの翼
もくじ  3kaku_s_L.png さくら
もくじ  3kaku_s_L.png 聖火
もくじ  3kaku_s_L.png アニマ
もくじ  3kaku_s_L.png 聖~セイント~
もくじ  3kaku_s_L.png 狭間
もくじ  3kaku_s_L.png 完全数
もくじ  3kaku_s_L.png 天女のように
もくじ  3kaku_s_L.png 藍色哀歌
もくじ  3kaku_s_L.png こくはく
総もくじ  3kaku_s_L.png 短編
もくじ  3kaku_s_L.png ザ!霊障
  • 【天女のように 5 残像】へ
  • 【天女のように 7 憧憬】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【天女のように 5 残像】へ
  • 【天女のように 7 憧憬】へ