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完全数 9 エピジェネティクス

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「680円になります」

 ようやく支払いを済ませ、「待ってよ」と追いかけてくる粟生を振り切るためにと急いで店を出ようとしたとき、けたたましい音で警報アラームが鳴った。

「な…なんだ?」

 一瞬、俺はそれが何を意味するのか分からなくて、携帯電話の地震警報か何かと勘違いし、慌ててポケットを探ってみた。すぐに奥から店長らしき30代ほどの男性が走り出てくる。

「お客様、少々失礼いたします」
「は―、え?」

 彼は俺の買い物袋を奪い取り、中を改める。先ほどの店員も俺が捨てたレシートを持って傍に寄ってきて、店長と品物の確認をしていたが、当然、支払った物しか入っていない。

「いったい何ですか?」

 俺が苛立ったように聞くと、振り返って俺を見た店長は「あ」と言って、いきなり、俺の上着のポケットを指さした。「え?」と俺も不自然に膨れているポケットを見て疑問を抱く。

「そこに入っている物を見せていただけますか?」
「はぁ…」

 俺はポケットを探って、入れた覚えのない物を引っ張り出しながら茫然とする。

「なっ…なんだ、これ?」

 それは単行本の「猫の手帳」という動物の写真集だった。まだ帯がついたままの新刊で、明かに書籍のコーナーに並んでいたものだ。

「俺、知りませんよ、こんな物!」

 どこかおどおどした様子の店員にちらりと視線を走らせた後、店長はため息を吐く。

「君がレジに立つと、どうしてこうトラブルが多いんだろうね」

 そして、俺に向き直って言う。

「お客様、こちらへ来ていただけますか?」
「え…ええ?」

 一連の様子を俺の背後で見ていた粟生が突然口を開く。

「あのっ、か…彼は私の同級生なんですけど」え? という表情で店長、店員、そして彼女の存在をすっかり忘れきっていた俺が同時に粟生を見つめる。

「それは、何かの間違いです! 彼は真面目で頭が良くって、クラスでも人気者でストレスもなくって、腹いせとか社会に反抗しようとかなんて考えるような人じゃないし、お金がない訳でもないし、万引きなんてするような人じゃないんです! これは、間違いです!」
「しかし、現にここに―」
「じゃ、お金払えば良いんでしょう?」
「…いや、お嬢さん、お金払えば良いって問題じゃなくて―」
「だから、間違いだって言ってるじゃないですか!」

 粟生は叫ぶ。

「間違いなんです! これは、本当に間違いなんです!」
「いや、だから…」

 店長も店員も、すっかり粟生の剣幕とヒステリーに押されている。

「お、落ち着け、粟生」すでに赤い目をして、泣き腫らした顔の粟生の迫力に、俺すらどうして良いのか分からなくなっている。

「じゃあ、返せば良いんでしょう? それで良いんでしょう?」
「だ…だから」

 なんだか、店長の方が悪いことをしている気になってきたようだ。突然、粟生は大声で泣き出した。

「間違いだって言ってるじゃないですか! 間違いだって…っ」
「ちょ…ちょっと、君」

 慌てて粟生の肩に手を掛けた店長のその手を振り払って、彼女はその場にへたり込んでわあわあと泣き続ける。

「あ…あの、…き…君…」

 おろおろと屈み込んで粟生に必死に話しかけていた店長は、顔をあげて助けを求めるように俺を見上げた。

「その本はもう棚に戻してくれれば良いから」すでに声に力がなく、情けない目をして彼は言った。もともと人が好いんだろう。「君、この人を連れ帰ってくれないか?」
「え、俺、こいつの家なんて知らないですよ」
「だって、クラスメイトなんだろ? とにかく聞いて家まで送ってやってよ」
「は―、な、なんで俺が…」
「だって、君のことを庇ってこんなになっちゃってるじゃないか」
「庇って、って。俺は別に何も頼んだ訳でもないし、第一、俺は本当に―」
「もう良いから。とにかく、早く連れ帰ってよ。頼むよ」

 え、あの、と言ってる間に、店長は「早く、早く」と俺たち二人を店から追い出した。
 店の中に他に客がいないのが幸いだったが、まだ尚しくしくと泣き続けている粟生を見下ろして俺は途方に暮れる。

「おい―、ええと、粟生?」

 声を掛けると、彼女はゆっくり顔をあげた。

「お前、家、…どこ?」
「ねぇ」と再び涙でぐしゃぐしゃになった顔で、彼女は言った。
「今晩、栗原くんのとこに泊めて?」

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