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朱鷺(shuro)'s world

朱鷺(shuro)の伝えたいこと、遺したいこと、そういう世界を綴ってます。

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【愛しているの欠片】 

未分類

♪ようこそ♪ ご訪問ありがとうございます(^^)
こちらは、朱鷺(shuro)の物語世界です♪ 

物語(ロマン)は、物語(虚構)ではあっても、真実に限りなく結び付いて、現実社会に溶け込んで、その運命に絡みつき、道筋を描いていくものと思っております。

『朱鷺(shuro)'s world on the earth.』に「The reisho ~霊障~」というカテゴリで綴っておりましたが、ノンフィクション的な物語(ドキュメンタリーというのか)を、こちらにも編集し直して掲載いたしました。終結していないので、まだ続くかも、です。

それから。

題名だけじゃ分からないであろう物語の「こんな感じ」説明をちょこっとさせていただきます。
(それでも、訳分かんないでしょうけど、まぁ、ないよりはマシ程度でよろしくです(^^;)

●まず、未分類は、時々更新の【これ】です(^^;
或いは、物語以外の何か。創作以外の何かです。

●現在執筆放り投げ中の『アスミター』ですが、構成を変更したことに伴ってカテゴリを新たに設けて再スタートいたします。(が、いつになるのかイマイチ分かりません…)

現在、過去に完成させている作品を他ブログからお引越し(一応、加筆修正の上)しながら、新たな物語を立ち上げたり。
つまり、あっちこっちに手を出して、もうどうしようもなくなっている(--; という状況でゴザイマス…

他ブログも一応紹介させていただきますが…

①(『朱鷺(shuro)'s world on the earth.』)ほぼダイアリーとエッセイ的なものです。基本的に、ノンフィクションですが、フィクションが混ざっているものも多少あります。(←違いは明らかなので分かるようになってます!)

②(『朱鷺's world』)業界関係の雑記など。震災後2年間、定期的に行っていた東日本大震災のボランティア関連が多かったです。
 今年は紆余曲折で、新展開もあり、…求められたことは細々とやっていきたいと思います…。

 ということで(?)今後も、こちらは業界ネタを主に扱う予定です♪


『六趣輪廻』は、鍼灸をテーマに乗せて描いた第一作でした。

その後、何故か桜に恋して、桜三部作なるものを。
●一作目『桜』家族もの
●二作目『夜船閑話』恋愛もの
●三作目『刹那』友情もの

『蓮華国』これは、仏教の天国を意味する言葉だそうです。冒頭のみが浮かんで、その後は勝手に進んだ世界でした。

『タナトスの翼』これは、白状しますと、むか~し観た昼ドラからヒントを得て生まれた物語でした。

●それから、『さくら』こちらは、説明そのまま、RSPの 「さくら ~あなたに出会えてよかった~」から生まれた物語でした。
でしたが…ううむ、何故こうなってしまった(ーー; というやつです…。

『絆~家族の風景~』これは、あるテーマを模索してみた、ちょっと重いし出来は悪いし、生み出すのに一番苦しんだ物語です。

『聖火』これは、オリンピックの年に聖火を観て思いついたモノ。

『アニマ』これはですねぇ、スピッツの「夏の魔物」という歌をモチーフに生まれた物語です。

『聖~セイント~』これは、ちょっとミステリー? 初めての挑戦でした。愛と憎。罪と罰? う~ん、あんまりジャンル分け出来ない変な世界です(^^;
ほんのちょっと恋愛と、殺意。なんのこっちゃ(--; ですな。今現在加筆中です。なかなか進みません…(いや、時間がないこともさることながら、なんだかな~です)

『完全数』ネタ探しをしていた本から思いついた軽い物語…の予定です。まだ着地点は見えておりませんが…

『天女のように』これは、なかなか描き進めるのがつらいいろいろな本質に関わってくるちょっとヤバイかなぁ(^^;ってやつです。でも、基本、エンタメなんで読みやすいつもりです♪

『藍色哀歌』‘青は藍より出でて藍より青し’ってフレーズがあったと記憶しております。弟子が師より優れることのたとえ…のような意味合いで。なんとなく、この「ことわざ」を思いながら、深窓のご令嬢モドキ(本物のお嬢様って朱鷺には分からん!)を妄想し、そこに男の影を―みたいな。(何を言ってるのやら…(--;)

●中編
『こくはく』 これは、本気でふと思いついて描いた軽い作品です。
『曼荼羅』 これも、ふと思いついたというか、そのとき強烈に浮かんだある台詞のために書き出して、まぁ、一応オチがついた(?)変な世界です。


●短編は適宜掲載していきます。これも、思いつきで増えていくと思われます。
 以前は短編って苦手でしたが、(今でも得意とは言えませんが(^^;)気軽に描けるのがいいところですね~♪
 数時間で仕上げられて適度なストレス解消になるので、今後も気が向いたら描いていきたいなぁ、と思っております^^

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曼荼羅 13 

曼荼羅

「鴻ちゃん」

 気がつくと栗子が、俺を心配そうに覗きこんでいた。ごうごうという飛行機の音がすべてを掻き消すくらい静かな空間で、俺ははっと目を開けた。前回はキャンセル待ちで取った座席だったので離れてしまったが、その日は二人は並んで座っていた。

「夢?」
「うん、眠ってたみたいだったからしばらく放っておいたんだけど」栗子は言った。「なんだか、泣いているみたいだったから」
「泣いてた?」

 うん、と栗子は俺の目を見つめた。シートに沈んでいた身体を起こして、俺は彼女から目をそらした。

「よく覚えてないけど、夢、見てた」

 そう、と栗子はそれ以上のことは聞かなかった。俺は少し混乱していた。生々しい感触で夢の世界はまだ俺の感覚の中に残っていた。栗子の身体を必死に掴んでいた手が、しっとりと汗ばんでいた。

「大丈夫、貴樹は死んだりしてないよ」

 栗子は、俺の手をぎゅっと握った。俺は、俯いたまま、うん、と答える。まだ身体が飛行機の中に馴染まずに、混乱したままだった。

「あのね」と栗子は、身体を傾けて、静かな声で俺の耳元にささやいた。
「憎んでたってことは、実はほんとうだけど、でも、だからってどうしようと考えたことはなかったよ」

 ぎょっとした。しかし、俺は何気ない風を装って、うん、と頷いた。

「だって、貴樹は鴻ちゃんのお父さんなんだもん」

 唾を飲み込もうとしたのに、喉がカラカラだった。

「それにね」

 栗子は一旦窓の外に視線を戻してしばらく黙っていた。雲の上を滑るように進んでいる鉄の塊の中で、そのとき何故か俺は天涯孤独で寂しくて、心細い幼児のような気がしていた。

「夕べ眠れずに考えたの。もし、貴樹が死んじゃったら、って」

 どくん、と俺の心臓が鳴った。ナイフを振り上げた栗子の背中を思い出し、息が苦しくなる。

 あの白い病室で、父は眠っていたのか、それともすでに息がなかったのかよく分からなかった。事故に遭ったような怪我もなく、包帯を巻いていたわけではなく、あのとき父は青白い顔で、ただ眠っているように見えていた。

 あの眠りは何を意味していたのか、と俺は不安に思う。

 現実の父の怪我の状態は酷かった。今朝、会社の方から電話があってそのやり取りを聞いていたのだが、医学用語が飛び交っていて俺にはよく理解出来なかった。緊急手術が行われて一命はとりとめたが、意識の回復が見込めるか分からないと言われたそうだ。このまま植物状態かも知れないし、或いは繋ぎとめた命はいつ途切れてもおかしくないと。

「死んじゃったら…って。そしたら、苦しくなって寂しくなって、…ほんとうに悲しいと思った。きっと貴樹の顔を見たらわんわん泣いちゃうって」

 栗子はそう言いながら俺を見つめ、俺は「え?」と驚いて栗子の顔を見つめ返した。

「前世がどうであれ、貴樹は今、貴樹で。それがよく分かった。そして、もうひとつ分かったことがある」
「何を?」やっと俺は口を開いた。
「姉は」栗子は、大きな目を見開くようにして俺を見つめて言った。「鴻ちゃんのお母さんは、きっと貴樹を許して、そしてきっと愛して逝ったんだということ。許せたから、愛せたから、あんなに安らかに逝けたんだって」

 母の顔が浮かび、ぼんやりとその顔が栗子に重なって見えた。二人の印象は違っていたのに、全然似てないと思っていたのに、何か共通のものがあるとしたら、それは俺を見つめる光の色だ。

「だから、それを伝えたい。死なないで欲しい。絶対に、死なないで欲しい」
「ほんとうに?」

 と、俺は聞いた。声が震えた。
 うん、と答えて、栗子は不思議そうな顔をした。

「さっきからどうしたの? 悪い夢でも見たの?」

 うん、と俺は泣きそうな笑顔を浮かべた。「とびっきりの悪夢を」そして、大きく息を吐いて、ふふ、と笑った。知らずに、熱い涙が頬を伝った。

 違う。父を憎んでいたのは、栗子でも母でもない。父自身だったんだ、と不意に思った。そして、そんな父を救おうとしていたのが、母であり、栗子だったのだ。



第一部 完
(みたいな?)




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曼荼羅 12 

曼荼羅

「やっと、この日が来たねぇ」

 真っ白な病室だった。白い靄が掛かっているかのように見えたのは、俺の目がその光景を見たくなかったからかも知れない。直視して、その悲しい光景を記憶に留めたくなかった。窓に掛かるレースのカーテン、白い壁、白い天井。薬品のつんとする匂いがその空間に染み付いていた。

 白い花が大きな花瓶に飾られていて、その違和感をぼんやり眺めた。見舞いの花にしては、まるで死を思わせるような白い花々だった。誰が活けたのかと、それを必死に考えた。それを考えることで、それ以外を思考から追い出そうとしていたんだろう。

 父の死より何よりも。その事実を喜ぶ栗子の顔を見たくなかった。母が父の死を望んでいたなんて知りたくなかった。

「あたし達の大事な子に、もう触れさない。死にたいと思わせるような目に遭わせたりしないよ。あんたは、私たちの存在に怯えて、この子をないがしろにしようとしていたんだろうけど、この子を苦しめることでささやかな抵抗を試みようとでもしていたんだろうけど、それももう終わりだよ。残念だったね」

 やめてくれ、と俺は叫んだ。
 いや、叫んだはずが、声になっていなかったらしい。

 やめてくれ、栗子。聞きたくない。

 お前がそんなことを言うのを、俺は認めたくないんだ。何も知りたくなかった。嘘で良かったんだ。虚構でも、幸せを演じて欲しかった。幸せという演目を見ていたかった。

「今度こそ、永遠の地獄に墜ちるが良いよ」

 栗子、と俺は彼女の背中に声を掛けた。ほんとうに声が出ていたのか定かではなかったが、栗子は振り返って俺を見た。その目の一瞬の冷たさに俺の心臓は射抜かれたような痛みが走った。俺を見て、彼女はすぐに優しい目をしてみせたが、凍るような憎しみの炎が残像として残っていた。

「これで、あたしの思いはすべて昇華される。姉が刺せなかったとどめを、あたしが引き継いだ。これで、姉も満足してくれる」
「母さんが、望んでたって言うのか?」やっと出た声はかすれて、震えていた。
「母さんが、ほんとうにこんなことを望んでいたのか? 親父を―父を、自分の夫を、憎んでいたって? ずっとずっと憎み続けて生きていたって…?」
「当ったり前じゃない。あたしと子どもを逃がそうとしただけなのに、姉は、血も涙もない敵の将校に情け容赦もなく無残に心臓を打ち抜かれ、挙句、子どもも妹も殺された。どんなに無念だったと思うの?」
「だって、戦いの場だったんだろ? 酷い時代で、誰もが殺しあっていて、…憎むべきは、その戦争だろう! 闘った兵士も殺された市民も、ほんとうは巻き込まれただけで。その戦争を始めた‘とき’の政権が間違っていたんだ。戦いに寄って解決しようとする姿勢がそもそも間違っていたんだ。いつだって、実際に戦わざるを得ない兵士が一番苦しんでいて、殺された大勢の恨みや悲しみを背負って…そして、いつでも犠牲になるのは、罪もない人々なんだ」
「その通りよ」栗子はまるで無表情で頷いた。
「だから、これで終わりにする」

 ベッドの脇にあった小さなテーブルの小さな引き出しから、彼女はナイフを取り出した。何故そんなものがあるのか、という疑問よりも、栗子の白い小さな手が握ったその銀色の凶器が、俺を凍らせた。

 栗子、何をするつもりなんだ、と俺は叫んだ。
 彼女はスッとベッドの上に立ち上がり、父の心臓目掛けてそれを突き刺そうとした。

「やめろ!」

 俺は栗子の腕を背後から押さえた。

「離して、鴻ちゃん、これで終われるんだから」
「イヤだ、やめてくれ、親父を殺るなら、俺を先に殺してくれ!」
「離して!」
「イヤだっ!」

 気がつくと俺はぼろぼろと涙を零していた。彼女の身体に必死にしがみついて、ナイフを握った手を掴んで。

 穏やかに笑う父の顔が浮かんだ。運動会の日、忙しい仕事の合間に外回りをするからと会社を抜け出し、俺のリレーを見に来てくれたことを思い出した。声援の中に、聞き覚えのある声がするような気がして、俺は思わず観客席に視線をはしらせ、そこに父の姿を見つけて仰天した。まさか、と思った。それで気がそれて、一人に追い抜かれた。はっとして前を向いたときには、もう勝負は決していた。

 その後、お父さんのせいで負けちゃったよ、と言ったら、父はとても居心地悪そうに俺に謝った。それを見て母が「そんなこと言うもんじゃありません。せっかくわざわざ見に来てくれたのよ」と笑った。

 母が町内会の集まりで家を空け、夕食を自分たちで準備しなければならなかった夜、父が一生懸命に作ってくれたカレーライスを思い出した。材料もレシピも母が用意していってくれたのに、調理は困難を極め、俺も手伝ったような気がするが、当時、まだ俺は小学校にあがっていない頃だったと思う。まな板の前であたふたする父の背中を、幼心に不安を感じながら見つめていたことを懐かしく思った。

 父は、…少なくとも父は、俺を愛してくれていたと思う。いや、たとえそれが虚構であったとしても、俺は幸せなごく普通の子どもとして育っていたんだ。

「じゃあ、どうして死にたかったの?」栗子は言った。
「どうして、ホームに飛び込んで死のうとしたりしたの?」
「それは、親父には関係ないよ」
「関係ないわけないじゃない」
「無関係だとは言わないかも知れないけど」俺は、しがみついた栗子の身体の熱さを感じた。「違う。母さんにも親父にも心配掛けたくなかった。自分がほんとうは情けない人間だって、知りたくなかった。認めたくなかった」
「鴻ちゃんは、情けなくなんてないよ」
「違うよ。俺はほんとうは、出来ると思ってた。文化祭の実行委員を引き受けたのも、出来ると思ったからだ。それが、あっという間に躓いて、主催するってことに対する知識なんてなくて、基本的に何をどうして良いのかすら分からなくって、先生に聞いても、昨年はもっとスムーズだったのにと思われやしないかとか、他人の評価ばっかり気になって」

 栗子の身体は柔らかく温かかく、優しい匂いがした。そして、思い出していた。これは、母の香水の匂いだ。化粧も何もしなかった母が、唯一、父からプレゼントされたこの香水だけは気に入って、出かけるときにいつも付けていた。

「やらなきゃならないことが、あんまり一気に溜まってしまったとき、助けを求めることが出来なくて、誰も彼もが忙しくて、…違う。声を掛けることを初めから諦めていたのは俺なのに、手伝ってくれ、と言わなかったのは俺なのに、誰も手伝ってくれないことに腹を立てて、出来ることに限界があることを知ったときには、何もかももう遅くって」
「でも、死んだりしたらダメだよ」

 うん、と俺は栗子の服に涙をぬぐった。ああ、栗子は、出会った初めから、俺の‘母’だったのだ。

「これで終わりだよ。あとはすべてを始めるだけ」

 栗子は俺の手をふりほどいた。栗子、と俺は叫び、次の瞬間、視界が真っ赤に染まった。俺は叫び声をあげながら、その場にうずくまった。目の前をいろいろな場面が流れていく。背景に映画のようにスクリーンに映し出された記憶のカケラを目の端に捉えながら俺は必死に言った。

「俺は、生きるから」栗子の背中に向かって、搾り出すような声で。
「親父を、許して」
「なんで鴻ちゃんがそんなこと言うのよ」

 栗子の背中がとても小さく見えた。涙で視界がぼやけ、俺は涙を腕でぬぐった。

「俺、母さんも親父も、好きだったんだ」
「あたしもよ」

 え、と顔をあげたとき、栗子の笑顔はまるで菩薩のように柔らかい光に包まれ、子馬のように澄んだ光を湛えていた。


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曼荼羅 11 

曼荼羅

 翌早朝の飛行機の中で、栗子は無言だった。いつもの軽口を飛ばせないくらい、彼女は深い思考の闇に沈んでいたんだろうか。そして俺も、自分が何をどう感じているのか分からずに怯えていた。栗子が話してくれないことすべてが怖かった。

 母は、いや、母もその「記憶」を抱いたまま父と結婚したのだろうか。母は、父を憎んでいたのだろうか。父は何もかも分かった上で自分がかつて殺した姉妹と結婚したのだろうか。父は、母と栗子のことを本当はどう思っているのだろうか。

 そして、栗子は。―栗子は、今も父を恨んでいるのだろうか。

 仲良しだと思っていた家族の正体は、ほんとうは心の底に憎しみと贖罪と、呪いと嘆きだけに彩られた憐れな運命の生贄に過ぎなかったのだろうか。

‘親父に死んで欲しかった?’
‘そうは言わない。でも、憎しみを消すのにどうしても時間が必要だった’

 あの会話を思い出すと、胸が苦しくなる。

 デハ、憎シミハ、消エタノ?

 その一言を怖くて聞けない。昨夜、栗子が語った‘物語’を、俺はまったく記憶になかったし、そもそも俺はすごく幼い頃に殺されているんだから覚えてなどいないし、きっと恨みや呪いなど抱く間はなかったんだろうと思う。

 何故、そのstoryをバカバカしいと思えなかったのか。少なくとも、栗子の錯覚だとか空想だとか、そんな風に片付けられなかったのは、あまりにいろいろ腑に落ちたからだ。それまで、なんとなく「おや?」と感じたこと、ふと不思議に思って、でも「まぁ、良いや」と自らの中に封じてきたことの辻褄が合うような気がしてしまったからだ。

 亡き母は、穏やかで、いつも穏やかで、愚痴も言わなかったし困ったことがあっても、困ったねぇ、とにこにこしているような人だった。悲しそうな顔も滅多に見たことはなかった。俺を見て微笑むときの目が、今思えば「生きてさえいてくれれば良い」と云っていた。その言葉の持つ意味を、ようやく知った気がする。

 かつて自分を撃ち殺した男。
 もし、母がそんな風に父のことを思っていたのなら。
 ―気が狂いそうな気がした。


「あのとき、やっぱり死にたいと思ってたんでしょう?」

 死にゆく母を見つめ続ける時間は、確かに生きたまま朽ちていくようなおぞましい錯覚を得るには充分だった。学校へ行けば大会実行副委員長として、誰一人相談する相手もなく、間違っているのか正しいのか分からないまま手探りですべてを進めていくしかなかったし、時間的な負担より、常に考え続けている思考的な疲れが溜まる一方だった気がする。それでもその仕事を投げ出さなかったのは、責任感よりもその必死な時間だけ、目の前の母の死から逃れることが出来たからだ。

 そんな日々の中、無理をしていたつもりはなかったし、「もう限界だ」とか「つらい」と感じたことはなかった。ただ、時々朝起きるのが無性に難しくなっていたり、何故か身体に力が入らない、という事態に陥ってみたり、意識と身体がバラバラだったことはあった。

 あのとき、父は実はホッとしていたのかも知れない、と暗い思考の果てに思う。母が生きて父の目の前に存在しているということは、父にとって、罪の意識を否が応でも呼び起こす対象がそこに在り続けることだ。常に自らの罪を見つめ、贖罪の日々を課せられていることだ。そんな母がもうすぐ確実に死ぬだろうという時間は、父にとって慰めだったのかも知れない。それを責められやしないと思うのと同時に、何か黒いものがお腹の底で蠢く。

 そこに在ることが、母にとっての復讐だったとしたら。だから母は、どれだけ憎い相手とでも家族の振りが出来たのだろうか。

 いや、そういうことではなく。俺が苦しいのは、母は、幸せではなかっただろうか、という思いだ。ただ、復讐のために有った人生だったのか。そして、それを双子の妹である栗子が引き継いだだけなのだろうか。

‘あたし、生まれてから今まで一度も死にたいなんて考えたことない。どういう思考の果てに死にたいってことになるの?’ 

 栗子の大きく見開かれた瞳の、その奥に光る慈愛の色を思い出した。

 生きて、と強く強くその目は俺に云っていた。母の、生きてさえいてくれたら良い、というこれ以上ない深い悲しみの深淵と対を成して。

 二人の母に俺は守られているのだ、というほのかな灯りと同時に、父への思いが複雑に絡み合って赤と黒の紋様を描く。くるくると、くるくると踊り狂うような曼荼羅。

 栗子は、父を許してなどいないのかも知れない。

 その悲しい闇を覗いてみるとき、分からないなりにも、姉を目の前で殺され、子どもを奪われた女の心模様を必死に手繰り寄せてみる。それはどんな鮮やかな闇を描き出していたのだろうか。その悲しみ、苦しみ、僅かな希望にすがった一人きりの時間は、彼女にどんな地獄を見せ続けていたのだろうか。

 そこに、たった一筋の‘ひかり’も差すことはなかったのだろうか。愛してくれる人は、どこにもいなかったのだろうか。

 ‘死’とは、遺された者の問題なのです、と誰かが言っていたことを思い出す。

 逝ってしまった人はもういいのだ。次の時代、次の世に生まれ変わる準備に入るのだから。でも、遺された人たちは、逝ってしまった人を思って嘆き悲しみ続ける時間が用意されている。そこを越えていかなければ、その思いと共に永遠に業火に焼かれることになる。絶え間ない苦痛が炎となって。
 

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曼荼羅 10 

曼荼羅

 時代は中世かその辺。舞台はもしかしてヨーロッパだろうか。

 戦いの時代。つらく悲しい戦争が繰り広げられ、いつ終わるとも知れない殺戮の舞台を、二人の姉妹が幼子を連れて逃げていた。町娘ではない、質の良い絹を見にまとい、幾ばくかの金銭も身に付けているようだった。貴族の娘たちだったのかもしれない。

 おびただしい血の跡が道の至るところに染みをつくり、ひどい腐臭と悲鳴、怒声の飛び交う中、まだ若い二人は青ざめてはいても凛とした強い意志を宿した瞳で周囲を警戒しながらどこかへ向かっていた。

 路地裏へ身をひそめ、幼子を抱いた娘を後ろに庇いながら、もう一人の女性が安全を確認しつつそろそろと進んでいく。手には短剣を握りしめていた。薄暗がりを進んでいた二人は、どうしても道の反対側へ渡りたいようだった。

「良いわ、早く」

 左右を何度も確認して、前に立った娘が手で合図した。そのとき、それまで曇っていた空が割れ、一筋の光が腕の中に眠っていた子どもを照らし、幼子は目を覚ました。僅かに声をあげた子どもに気をとられた娘は、足元に転がっていた男の死体に足を取られてしまう。

「あっ」と声をあげて娘はよろめき、もう一人がすかさず彼女を支えた。子どもが驚いて泣き声をあげ、二人がはっとしたとき、銃を構えた男が二人の目の前に立ちはだかった。

 男が何か言ったが、敵の言葉は二人には分からなかった。二人は真っ直ぐにその男の顔を見つめた。そして、泣いている幼子を抱いた娘を後ろに庇い、一人がぱっとその男に向かって飛びついた。

「逃げて!」

 その声に、子どもを抱えたもう一人の娘は反射的に踵を返した。娘が短剣を振り上げ、慌てた男は咄嗟に銃の引き金を引いた。弾は目の前の娘の胸を貫き、彼の顔を真っ赤に染めた。

 子どもを抱えた娘はその音に振り返る。姉のまとっていたベージュの衣装が血に染まっていく様を目の端に捉え、引き返したい衝動に僅かに躊躇った後、妹は意を決して走り出す。流れ落ちる涙に視界が歪み、息が詰まって苦しくなった。

 泣き叫びたい情動を抑え込みながら、彼女は進み続けた。命を賭して二人が逃げる時間を作ってくれた姉妹の死を抱えたまま。

 そして、ボロボロに傷つき、孤独に倒れそうになりながら、たった一人逃亡の旅を続けていた妹も、遂に追っ手に見つかる。日々成長する子どもの衣服や、食料、それらを手に入れるために外に出ていた隙に、裏切りに寄って子どもは連れ去られた。

 それでも多くの協力者のお陰で彼女はすんでのところで逃げおおせた。

 それから奪われた子を取り戻すための旅が始まる。あらゆる手を尽くし、行方を追い、いつか会える僅かな希望だけで生きていた。ようやく捕われていると思われる屋敷に辿り着いたとき、もうとっくにその子は殺されていたと知る。子どもが生きていると思わせたのは、彼女をおびき寄せるための罠だったのだ。


 その二人の娘が、栗子と母だと彼女は言う。そして、そのとき抱えていた子どもが、そのとき栗子が生んだ子で、俺だったのだと。

「そして、あたしを庇った姉を、情け容赦なく撃ち殺した敵の将校が、貴樹だよ」

 俺は、笑い飛ばすことが出来なかった。

「今回の年齢差はね、あたしが子どもを奪われて行方を探して追い続けた年数」

 ぞっとするより、怒りや苦しみより、ただただ悲しい思いだけが伝わってきた。

 栗子は話し終えると、ふっと虚空を見据えて息を吐いた。俺の言葉を待っているのかと思ったが、俺は何を言っていいのか、何を質問すべきなのかさっぱり分からなかった。



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曼荼羅 9 

曼荼羅

 それから数日後、栗子が九州へ行く支度をしていたときだった。

 突然、父が事故に遭ったとの知らせが入った。夕食を終えて、栗子が持っていくものをあれこれとバッグに詰めていたとき、そして、俺は「そんなの現地調達すれば良いんだから、要らないよ」と彼女が詰めようとしていた数々の日用品を取り上げているところだった。

 滅多に鳴らない固定電話がじりじりと音を響かせ、栗子は「はいは~い」と電話へ向かいながら、「勝手に詰めたもの、引っくり返さないでね」と俺に念を押していた。

「引っ越しじゃないんだから、何でもかんでも持っていくことないって」

 俺は、彼女の言葉など聞こえなかった振りで、勝手に荷物を開けていた。受話器を手にした栗子の背中が視線の端に捉えられたとき、俺は、なんとなく何かが引っ掛かって、しっかりと彼女の方に向き直った。それとほぼ同時に、栗子が俺を振り向き、蒼白な表情で何かを言った。

 事故、という単語をまるで夢のように聞いた。

 
 栗子に出会った頃、俺は高校でちょっとした問題を抱えていた時期だった。学園祭の実行委員会の副委員長を頼まれ、分不相応だと断ったにも関わらず、他になり手がいないからと懇願されて断り切れなかったのだ。案の定、それは困難を極めた。

 委員長は一生懸命だったが、他の委員は部活の方が忙しいからということでほとんど協力してくれず、結局、すべての手配・采配・根回しから先生方への協力要請など、一切の仕事を二人きりで行った。委員長は統括だから、大きなことをどんどん決めて進んでいかなければならない。もう時間もなかったし、例年通りのことを淡々と進めていた。

 そして、その他雑用はすべて俺の仕事となった。
 その頃、父も仕事が忙しく、家に帰ってもお互い疲労困憊だった。ろくに会話もなかった時期だったと思う。
 あのとき聴いた栗子の歌声。何故、あんなに涙が出たのか―。


 もう、その日、九州へ発つ便はなく、俺たちは翌朝一番の飛行機に乗るべく、空港の近くのホテルへ向かった。

「どうしよう」と栗子は言った。
 いつになく彼女は青ざめ、震えていた。
「どうしよう、どうしよう」

 栗子は泣きそうな声でただそう繰り返していた。俺も、「どうしたの?」と聞く余裕もなく、ただ不安で、怖くて、母が事故に遭ったときのことを思い出していた。もうイヤだと思った。もう、あんな風に、訳も分からずに大事な人を失うつらさに耐えるのは沢山だと。

「鴻ちゃん、ごめん」

 栗子の声で俺は我に返った。ホテルの部屋のぼんやりとした灯りの下で、二つ並んだベッドの隣で、彼女の顔色はますます青ざめて見えた。

「なんで、栗子が謝るんだよ」

 かすれそうな声で、俺はようやくそう言った。栗子はベッドから身体を起こし、俺もつられて起き上がった。

「ああ、あたし、間違っていたかも知れない」
「…だから、何を」

 栗子の瞳は、時々途方もない遠くの景色を映し出し、言葉より鮮明に何かを俺に伝えてくることがある。それを言葉として受け取ってはいないのに、そのとき俺の口をついて出た言葉に俺自身がびっくりした。

「親父に死んで欲しかった?」

 栗子は、しかしそれほど驚かずに、静かな表情で俺をじっと見つめ返した。

「そうは言わない。でも、憎しみを消すのにどうしても時間が必要だった」

「え」と俺は、彼女の言葉に衝撃を受けた。考えてもいなかったことなのに、しかし、栗子の震える細い声を、何故か分かっていたような奇妙な感触を受けながら聞いた。

「鴻ちゃん、あのとき、やっぱり死にたいと思ってたんでしょう?」

 栗子の目はいつになく優しく淡く悲しそうだった。

「前にも言ったけど、そういう明確な意思はほんとうになかったよ。覚えていないんだ」

 俺は、彼女から視線をそらし、じっと目の前の薄闇に目を凝らした。何の変哲もない、ただ一晩を過ごすためだけの最低限の機能的なビジネスホテルだ。栗子は荷物を詰めている最中だったからそのままそれを抱えて出てきたが、俺はほとんど着の身着のままで、下着だけを栗子のバッグに一緒に詰めてもらってきた。

 栗子は、それに対して何も言わず、ただゆっくり頷くような気配を感じる。

「でも、あの歌声は心に沁みたよ」
「うん、だってあれは鴻ちゃんの歌だもの」

 そうか、とぼんやり頷いて、「えっ」と俺は栗子の顔を見た。

「え、なんで? あのとき、まだ俺のこと知らなかっただろ?」
「知らなかったのは鴻ちゃんだけ。あたしはずっと知ってたよ」
「そうなのか?」

 うん、と僅かに笑みを浮かべて、そして栗子は俯いた。闇が彼女の表情を覆い隠す。

「あのね、鴻ちゃん、あたしと鴻ちゃんのお母さんは双子の姉妹だったの」
「…は?」

 俺は、栗子が真面目な顔をしているのか、こんなときに、いや、こんなときだからこそ、笑いを取ろうとでもしているのか判断がつかなくて、呆けたまま彼女の横顔を眺めた。

 栗子は、ゆっくりと顔をあげて俺を見つめ、静かな目で微笑んだ。


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曼荼羅 8 

曼荼羅

 父と三人で過ごした休日はあっという間に過ぎ去り、俺たちは再び帰りの飛行機の中にいた。結果から言えば、天気はいまいちだったが、父が車であちこち連れまわしてくれたお陰でへとへとに疲れはしたが、楽しい時間を過ごしてきた。女の影は、まったくなかった。ただ、栗子が期待していたほど、父は生活がしっかり出来ていなくて、食事もインスタントや外食が多く、洗濯もほぼクリーニング頼りで、部屋の中には生活感がさっぱりなかった。

「栗子、親父のとこに残ってくれても良かったぜ」

 通路を挟んで隣に座る彼女に、俺は言った。父と空港で分かれてから、栗子はずっと黙りこくっていた。

「ううん」ややあって、栗子はゆっくり口を開いた。「とにかく、一旦家に戻るよ。まずは、鴻ちゃんのこと」
「だから、俺は大丈夫だよ。食事の支度だって出来るし、洗濯も掃除も特に嫌いじゃない。家中は無理でも、俺が日常動く場所だけはなんとかしておくし」それに、と俺は続けた。「あと半年。俺は一人でも平気だって」

 父は、来年の3月には戻ってくる予定だと言っていた。

「うん…」と栗子はちょっと考え込んでいた。そして、あのね、と小声で笑った。
「ほんとうはね、もしも浮気とかしてたら、張り倒してやろうと思ってた」

 は? と俺はその話題の展開にぽかんとする。

「何より、鴻ちゃんへの裏切りだもの」
「なんでさ」
「理想…とまではいかなくても、マトモなっていうの? 一般的に普通程度の父親像を鴻ちゃんがしっかり抱けなくなるのは許さない、と思ってた」
「いや、父親よりも、浮気ってのは妻に対する裏切りじゃないのか?」
「あたしは、実はあんまり気にならない。男なんてそういう生き物だし、家庭を壊すことは許さないだけで、多少の気晴らしとか慰めとか、必要経費と考えるし」
「必要経費って―」俺は呆れて吹き出した。
「でも、僅かでもそんなこと考えたあたしを見事に裏切って、貴樹は清く正しく生きてたみたいで、それがちょっとだけ罪悪感」

 ああ、と俺は微笑んだ。

「だから、栗子。良いよ、親父の面倒みてやってくれよ」

 俺をちらりと見て、栗子は、うん、と頷いた。

「考えてみる」

 栗子の横顔を見つめながら、俺は、会社を不意に尋ねて父を呼び出したときの彼女の様子を思い出していた。まだ暑い南国の空気の中、ほんのりと頬を染めて、わくわくする空気を全身からほとばしらせて、栗子は父を待っていた。その高揚感は俺を幸福にした。一緒に同じ気持ちで、見知らぬ父を待っていた。

「あれ、どうしたんだ?」

 怪訝な顔をして表れた父が、見る間に目尻を下げてこれ以上ないほど顔をほころばせるのを、俺は初めて見たような気がした。

「へへ~ん、抜き打ちテストだよ」

 栗子が言い、白いワイシャツ姿の父は、参ったなぁ、と笑った。

 俺が、父を尊敬するのは、明かに俺よりも年下の栗子を、まったく気後れすることもなく、「妻です」と社員に紹介するような堂々とした態度だ。

「話には聞いてましたが、ほんとうにお若いんですねぇ!」

 冷やかし半分のそんな反応を、父も栗子も特に気に留めるでもなく、一通り挨拶をしてまわると、「じゃ、退社時間までその辺で時間を潰してるよ」と俺たちは会社を後にした。連休中だったので、社員は半分くらいしか出社していなくて、父もその日は少し早めにあがるから、と手を振ってくれた。

「貴樹、ちょっと痩せた?」
「暑いからな」

 二人で汗をかきながら、ぶらぶらと町を歩く。ふと目に入った喫茶店に立ち寄って飲み物を頼み、ケーキを食べた。

「夕ご飯、何作ろうか?」
「え、作る気なのか?」
「うん、だって、せっかく来たし、手料理もしばらく食べてないだろうし」
「もし、部屋に誰かの手料理があったらどうする?」
「捨てる」

 俺は笑った。

「じゃ、親父より先に部屋に入ってみないと」
「一緒に入ったって、隠す暇なんてないって」

 そして、部屋にあったのはインスタント食品の空と、クリーニングから戻ったばかりのワイシャツの山と、洗濯機に放り込んだままの下着の山、そして部屋に舞う埃だった。

 

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曼荼羅 7 

曼荼羅

 突然、栗子が思い立ったお陰で、俺たちは父に内緒で父の単身赴任先をこっそり訪れることになった。秋に差し掛かったところで、9月の連休のことだった。そのとき予約しようとした交通も宿もすべて埋まっていて、ダメ元でキャンセル待ちをしたら、思わぬ順番がまわってきて、俺たちはその連休に滑り込むことが出来た。

「ねえ、親父の宿泊先に見知らぬ女が泊まりこんでいたらどうする?」

 俺は、飛行機の座席に備え付けてあった雑誌に視線を落としたまま、一人挟んだ隣に座る栗子に聞いてみた。

「そんな訳、絶対にないね」
「世の中、絶対なんてないって」俺は相変わらず雑誌の写真をパラパラ眺めながら適当なことを言う。「親父だって、年を取ると段々一人は寂しくなって、ちょっと誰かと暮らしてみたくなってるかも知れないじゃないか」
「寂しくったって、そんな倫理的に合わないことはしないよ」
「食事だって、ずっと外食ばっかりじゃ飽きちゃうだろうしさ」
「料理くらいすぐ出来るようになるよ」
「でも、一人の食卓って寂しいと思うよ」

 しばらく返事がないので、俺は、おや、と思って顔をあげて栗子の方を見た。俺と彼女の間に座っていた男性が、聞こえない振りを決め込んで目を閉じていたし、栗子は俺の方をじっと睨んだまま、顔をしかめて舌を出していた。

 俺はなんだか妙に幸せな気分になって、窮屈な座席に深くもたれて目を閉じた。父が一人で生活している図をあんまり想像出来なかったが、彼が女性に対して決してだらしなくないというか、むしろものすごくクールであることだけは知っていた。同性の友人は多く、家に招く客は多かったのだが、女性蔑視かと思うくらい、女の人に対して冷たかった。いや、冷たいのではない。必要なことには協力するし親身になるのだが、それは仕事上の付き合いだとか、友人の身内だからとか、そういう理由があってのことと割り切っているのが傍でも感じられたというのだろうか。

 男女の友情は成立しない、と父はよく口にしていた。それは友人にはなれないという意味ではなく、同性の友人と異性の友人は微妙なところで、やはり同等ではあり得ないということだったと思う。生物として、雄と雌の役割も骨格も体格も筋肉のつき方も違うわけなんだから、そこにすでに平等はあり得ないのだと。

 激しいものも熱い思いも、父はあまり多くなく、自分で何もかも動いてしまう性格ではなかったから、いろんな人の意見を聞いて、多くの助言を取り入れ、周囲の人に決定権を託し、父はここぞという場を締めるだけでやってきた。

 今回、立ち上げに関わって単身赴任してはいるが、父はそろそろ戻ってくる準備を進めているところだった。だからだろう、栗子は父が現地にいる間に旅行気分で訪ねてみたかった。そういう魂胆だろうと俺は思っていたし、実際、そんな感じらしかった。
それに、と俺は確信した。やはり、寂しかったのだと思う。そして、会いたかったのだろう、と。

 なんとなく不思議な気持ちだった。血の繋がりはなくても父は父であり、俺を育ててくれた親である。その父を好きで、心配して、親身になってくれる存在は、嬉しいものだった。そして、その相手が同じように俺のことも好きでいてくれて、心配もしてくれる。それこそ、母親のように。

それが、妙に嬉しかった。俺は、まだ母を失った可哀想な子どもなんだと、心の奥がちくりと疼いたが、それでもその高揚感は温かいものだった。


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曼荼羅 6 

曼荼羅

 契約。
 まさに「家族」とは契約であり、約束であり、信頼と愛情と絆に寄って結ばれていると思う。

 我が家に限っていえば、そこに血がまったく介在していないのだ。父と俺も、栗子と俺も、もちろん、夫婦の間に血縁はなく、心の結びつきのみで運営されている。

 それでも不思議なことに、たまに三人揃って買い物に行ったり食事に出かけたりすると、俺たちはしっかり家族に見えるらしい。まさか、父と栗子が夫婦に見えることはないと思うのだが、その辺はどう見えているのか分からない。顔はもちろんまったく似てないと俺は思っていたのに、「いや、似てるよ」とか「空気が同じだよ」等言われる。

 さすがに同級生や幼馴染みに、父親が俺より年下の女と再婚したとは言い出しづらく、栗子は同居している従姉のような位置付けになっているのだが。

 ただ驚いたことに、出会った当時、まったく中学生の女の子にしか見えなかった栗子は、家庭を持って奥様の位置に収まった途端、どこか落ち着いた空気を抱くようになった。わざわざ大人っぽくしている部分も確かにあるのだが、内側からの空気が変わったと俺は思っている。

 本人に言いはしないのだが、俺より年上に見えるように頑張っている姿勢だけは評価する。俺が栗子を母だと紹介出来ないことが不満なんであろう。

「どうして、栗子と結婚しようなんて思ったの?」

 と、ある時、俺は父に聞いてみた。栗子が一人でどこかへ出かけた午後だった。二人ともリビングでお茶を飲んでいたということは、週末だったのだろう。

「うん、そうだな」と父は真面目な顔で答えた。「結婚とか夫婦とかっていうより、家族になろうと思ったんだ」
「ああ、なるほど」

 なんだか、俺はそれで納得してしまった。母と結婚したときの理由も理由だったし、しかも、それを普通に俺に話すような人だ。今回の回答も妙に頷けるものだった。

「俺が先に栗子と仲良くなっていたからだろ」
「それもあるけど、でも、栗子は存在が清らかで綺麗だからかな」

 父は俺の淹れたお茶の茶碗を手にしたまま頷く。

「外側ばかり取り繕って、考えていることは物欲とお金のことばっかりで、肩書きとブランドと、何かそういうごちゃごちゃした思考を持った人間ばっかりと付き合っていると、ほんとうに心がクタクタになるんだ。母さんもそういう意味で、帰って来るとホッとリセット出来る女(ひと)だったなぁ」

 へえ、と俺は初めて聞く話に驚いた。

「じゃ、母さんと栗子って似てる?」

 父は何も答えずに、頷くわけでもなく、ただ目を細めた。

「戦争の加害者と被害者なんかでも、いつか和解出来るものなんだ、って信じさせてくれる。そういうことって大事だよ」
「戦争に向かうんでなくて、もっと譲り合える道を模索すべきってこと? 金のことしか考えていない人間の代表って、政治家だね。経済的利益と保身がすべて」

 父は、ははは、と声を立てた。「まぁ、結局はすべてそういうことだなぁ」

 父も、もちろん母も、そして栗子も俺の周りの人間はすべて、何か妙な達観した目をする人ばっかりで、出世とか、世間体とか。目先の利益や贅沢な生活や身につける物に対する関心が極端に低い。お陰で俺もそういう物欲が薄い人間に育ってしまった。

 父は次男として家を出ていたので、持ち家はなく、ずっと借家住まいで、それでも庭付き一戸建てだったので、母は庭で野菜を育てたり花を植えたりしてその作業を楽しんでいた。父はどんなにお金持ちになっても家を建てる気はなかったらしく、いずれ、すべて清算してどこか田舎に引っ込みたいらしい。

 人間らしい生活をしたい、とか、人間として恥ずかしくないように、とか。我が家ではよく「人間」という単語が聞かれる。恥を嫌悪し、借りを許さず、恩義を重んじる。なんだか武家のようだ。
 

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曼荼羅 5 

曼荼羅

「あたしはねぇ、施設育ちで親もきょうだいもいないし、親の顔も分からない。生まれてすぐに捨てられたみたい。でも、捨ててくれて良かったよ。生まれたばっかりの赤ん坊を捨てるような人間にマトモな子育てが出来る筈はないもんね。もし、世間体とかいろいろ雑多な思いで傍に置かれていたら、きっと殺されてたと思うから」

 あるとき、俺の家に上がりこんでいた栗子は、夕食の支度を手伝ってくれながらそんな話を始めた。一人で生きてきただけあって、彼女は料理は上手かったし、妙な雑学―民間療法や、薬草の種類など―をいろいろと知っていた。俺や父が、母の葬儀が終わってがっくりきているとき、ひょっこり顔を出しては乾燥した山の草などをお茶にして飲ませてくれたり、優しい香りのするお粥を炊いてくれたりと、変に気が利くことを続けてくれていた。

 その日も、夕食の材料をどこからか調達してきてくれた栗子は、根菜を煮こみ、雑穀ご飯を炊いて、具沢山の味噌汁を作ってくれていた。つまり、手伝っていたのは俺の方だった。

「今、子どもが虐待されて死んじゃう事件や、学校でイジメに遭って自殺しちゃったりとか、老人が都会のど真ん中で一人ぽっちで生きているとか、なんだか痛いようなことばっかりが当たり前になってて、若者は電車のホームにふらふら飛び込もうとしているし、ほんとイヤになっちゃうよね」
「おい」俺は、味噌汁に味噌を溶きながら栗子を横目で睨んだ。
「最後のはなんだよ。俺のことか?」
「そんなこと言ってないじゃない。あ、それ、ちょっと味見させて?」

 味噌汁の汁をほんの一口すくって口に含み、「あ、ちょうど良いね」と彼女は頷く。

「今さ、減塩減塩って騒いでるけど、塩は人間を構成する基本なんだから、むしろ取らないとダメだよ。塩化ナトリウムじゃなくて、ちゃんとした粗塩。出来れば日本の海水からとった塩が良いね。塩田で作ったものでも、窯で煮詰めたものでも良いんだけど」

 栗子の話は大抵聞き流しているだけだし、それって、ほんとうか? と眉を寄せたくなるようなことも発言するので、あまり真面目に聞かないのだが、時々「へえ、そうなんだ」と呻りたくなるようなことを言う。学校にもマトモに通ってない彼女がいったいどこでそんな知識を得るのか不思議だったが、真偽のほどは分からなくても、彼女の口から出る言葉は、俺を不快にさせることは少なかった。

「聞いて良いのか微妙に疑問なんだがな」俺は、キッチンの隅に置かれている、栗子が持参した土付きの根菜や葉物野菜の残りにチラリと視線を投げて言ってみた。
「あれは、いったいどこから持ってきたのさ?」

 え、と栗子は煮物の味付けを確認しながら、トボけているでもなく、ほとんど意に介さないような表情で俺に視線を向けた。

「今、お前が料理に使っている食材のことだよ」
「ああ。あたしが手伝ってる農家さんからいただいてきたのよ。だから、形が変でしょ? 売り物にならない自家用野菜とか廃棄野菜だから大丈夫」
「手伝ってる?」
「あれ、言わなかったっけ? こっからだと電車で1時間くらいのとこ。そんなに規模は大きくないけど、ハウスを何棟か持って有機無農薬栽培して、全国に発送したり産直で販売したりしてる農家さんがあってね」

 話が長くなりそうだったので、俺は、はいはい、分かったよ、と棚から盛り付けの皿を取り出し始めた。それでも栗子はその農家の名前だとか家族構成だとかを延々と語り続けていた。そういえば、前には酪農家の家に住み込みで働いていたようなことも言ってたし、アクセサリーをデザイン、製造する個人の店の手伝いをしていたという話も聞いたような気がする。

 そして思った。そうか、そういう専門家と日常的に接していて、仕事をしながら彼女はいろいろな知識を学び、技術を吸収し、学校なんか行かなくても一人で生きる術を身につけ、この世知辛い日本の中で逞しく生きてきたんだと。

 いつか、なんで学校行かないの? と聞いたことがある。

「学校なんて」と栗子は吐き捨てるような口調で言い放った。「今、日本の学校は、子どもを奴隷化する場所に成り果てているんだもん」
「奴隷?」
「自分では考えたり判断したりすることを禁じている」
「そんなことはないぞ?」

 反論しようとしたが、具体的な論が浮かばない。栗子は僅かに笑みを浮かべた。

「ちょっと極論かも知れないけどね、全部じゃなくても、一部ではもうそういうシステムになってるよ。アメリカ様の指示でね」
「陰謀論かよ」

 栗子は目を細めた。

「学校で学ぶのは、表に出ている企業に就職するためのノウハウ。光を浴びていると思っている世の中で、一般的な生き方をするためのツール。海外に行ったとき、日本ってどんな国ですか? って聞かれたときの模範解答を叩き込まれている訳だよね」
「でも、それも日本社会に必要な一面じゃないのか?」
「その通り。だから、鴻ちゃんが学校へ行くことを止めはしないし、大学に進学して、良い企業に就職して、って進路も別に良いと思うよ。ただ、選択肢を提示することはしたいだけ。選ぶのも責任を取るのも自分だもの」
「栗子と話してると、世界が希望に満ちているような錯覚を得るなぁ」

 俺は、ため息を吐いた。

「世界は光に覆われて、希望がキラキラ輝いているんだって。だけど、明るさが増すごとに闇が深くなるってことも事実で、世界はバランスだから、希望があれば絶望もあるってだけのことだよ」


 栗子がそうやって食事を作ってくれることが日常化する頃、食卓を囲む父と彼女の距離は一気に縮まり、俺が知らないところで、父と栗子が会っていたことに気づいても、俺は別段ショックは受けなかった。多少驚きはした気がするが、なんだろう、そうなるような気がしていた、と俺は思ったのだ。

 二人は、どうしたって添うように運命付けられていたんだろう。父と母がそうだったように、父と栗子も何か目に見えない絆を抱いて生まれてきたのかも知れない。二人が出会ったとき、その場の空気が震えた。今思い返すとそんな風に感じる何かを、二人はお互いに抱いていた。

 父の再婚を、母が可哀想だと反対するような俺ではなく、俺の大学受験が終わって合格発表の日、父と栗子も家族になる書類に判を押した。
 

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