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朱鷺(shuro)'s world

朱鷺(shuro)の伝えたいこと、遺したいこと、そういう世界を綴ってます。

【天女のように☆】 

未分類

♪ようこそ♪ ご訪問ありがとうございます(^^)
こちらは、朱鷺(shuro)の物語世界です♪ 

物語(ロマン)は、物語(虚構)ではあっても、真実に限りなく結び付いて、現実社会に溶け込んで、その運命に絡みつき、道筋を描いていくものと思っております。

題名だけじゃ分からないであろう物語の「こんな感じ」説明をちょこっとさせていただきます。
(それでも、訳分かんないでしょうけど、まぁ、ないよりはマシ程度でよろしくです(^^;)

●まず、未分類は、時々更新の【これ】です(^^;
或いは、物語以外の何か。創作以外の何かです。

●現在執筆放り投げ中の『アスミター』ですが、構成を変更したことに伴ってカテゴリを新たに設けて再スタートいたします。(が、いつになるのかイマイチ分かりません…)

現在、過去に完成させている作品を他ブログからお引越し(一応、加筆修正の上)しながら、新たな物語を立ち上げたり。
つまり、あっちこっちに手を出して、もうどうしようもなくなっている(--; という状況でゴザイマス…

他ブログも一応紹介させていただきますが…

『朱鷺's world』)業界関係の雑記など。震災後2年間、定期的に行っていた東日本大震災のボランティア関連が多かったです。
 今年は紆余曲折で、新展開もあり、…求められたことは細々とやっていきたいと思います…。

 ということで(?)今後も、こちらは業界ネタを主に扱う予定です♪


『六趣輪廻』は、鍼灸をテーマに乗せて描いた第一作でした。

その後、何故か桜に恋して、桜三部作なるものを。
●一作目『桜』家族もの
●二作目『夜船閑話』恋愛もの
●三作目『刹那』友情もの

『蓮華国』これは、仏教の天国を意味する言葉だそうです。冒頭のみが浮かんで、その後は勝手に進んだ世界でした。

『タナトスの翼』これは、白状しますと、むか~し観た昼ドラからヒントを得て生まれた物語でした。

●それから、『さくら』こちらは、説明そのまま、RSPの 「さくら ~あなたに出会えてよかった~」から生まれた物語でした。
でしたが…ううむ、何故こうなってしまった(ーー; というやつです…。

『絆~家族の風景~』これは、あるテーマを模索してみた、ちょっと重いし出来は悪いし、生み出すのに一番苦しんだ物語です。

『聖火』これは、オリンピックの年に聖火を観て思いついたモノ。

『アニマ』これはですねぇ、スピッツの「夏の魔物」という歌をモチーフに生まれた物語です。

『聖~セイント~』これは、ちょっとミステリー? 初めての挑戦でした。愛と憎。罪と罰? う~ん、あんまりジャンル分け出来ない変な世界です(^^;
ほんのちょっと恋愛と、殺意。なんのこっちゃ(--; ですな。今現在加筆中です。なかなか進みません…(いや、時間がないこともさることながら、なんだかな~です)

『完全数』ネタ探しをしていた本から思いついた軽い物語…の予定です。まだ着地点は見えておりませんが…

『天女のように』これは、なかなか描き進めるのがつらいいろいろな本質に関わってくるちょっとヤバイかなぁ(^^;ってやつです。でも、基本、エンタメなんで読みやすいつもりです♪

『藍色哀歌』‘青は藍より出でて藍より青し’ってフレーズがあったと記憶しております。弟子が師より優れることのたとえ…のような意味合いで。なんとなく、この「ことわざ」を思いながら、深窓のご令嬢モドキ(本物のお嬢様って朱鷺には分からん!)を妄想し、そこに男の影を―みたいな。(何を言ってるのやら…(--;)

『ホクレレ~流れ星~』ホクレレとは、ハワイ語で流れ星です。はい、まんまです…。旅に出た二人が出会ったハワイという国と、過去に遡る旅。そんなどーでも良いハナシです。

●中編
『こくはく』 これは、本気でふと思いついて描いた軽い作品です。
『曼荼羅』 これも、ふと思いついたというか、そのとき強烈に浮かんだある台詞のために書き出して、まぁ、一応オチがついた(?)変な世界です。


●短編は適宜掲載していきます。これも、思いつきで増えていくと思われます。
 以前は短編って苦手でしたが、(今でも得意とは言えませんが(^^;)気軽に描けるのがいいところですね~♪
 数時間で仕上げられて適度なストレス解消になるので、今後も気が向いたら描いていきたいなぁ、と思っております^^

●新たに設けました『詩』の項目。
まぁ、詩人ではないので、かなりレベル低いっすが、休憩程度に♪(=^ェ^=)



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水風船 

水風船

 幼虫が蝶に変態するとき
 ドロドロに溶けて液体に戻るらしい
 組織も器官もバラバラの細胞となって
 新たな形を
 新たな色を
 新たな機能を
 新たな身体に備えて
 
 そこに‘こころ’はあるのだろうか
 そこに‘記憶’は続くのだろうか
 
 砂の大地を揺らすと
 形作っていたものの僅かな隙をついて
 どろどろに溶けて崩れてしまうように
 魂の芯が据わっていない‘こころ’もまた
 大きな衝撃や
 たび重なる揺れに
 いずれは形を無くしてしまう

 砂の城を抱いて
 形だけは虚勢を張って
 乾いた身体がからからと風に吹かれる

 きしむ関節に油をさして
 伸びぬ筋肉に水を与え
 固い鎧を着け
 仮面を被り
 すきま風を猫でふさぎ
 暗い橋を渡り続ける
 
 閉じられた目に‘ひかり’は届かず
 塞がれた耳に‘こえ’は届かず
 
 華やかな鎧と
 柔らかな笑顔のしたの
 いつ破れるとも知れない水風船

 痛みを抱えたままでも
 血を流したままでも
 自動機能のように動けるのは
 小さなトゲを未だ踏んでいないから

 事故の後のガラスの欠片
 不用意に遺棄された尖ったゴミ
 そういう小さなもので
 水風船ははじけ飛ぶ

 隙間を埋めていたあたたかいものが
 消えたときから


2019年2月28日

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過去に遡る日 

ホクレレ ~流れ星~

 すべてが終わって、ぽっかり空いた翌日。
 マラソンから3日目。
 ふと思い立って、二人でレンタルの自転車を借りてあちこちをまわってみることにした。ホテルを出て、海辺をずーっと走って、白い砂浜や、色の変わる海を眺めて気持ちの良い風を感じながら。
 たまたま立ち寄ったアイスクリーム屋さんの店先で数人の若い日本人の女の子たちが話しているのが聞こえた。
「いろいろ視てくれる人がいるんだって」
「時間どのくらい?」
「2~3時間待ち? たぶん。ああ、無理だねぇ。1時間くらいならなんとかなったけど!」
 そんな会話。
「なんのことだろね」
 俺にはまったく意味不明だったが、妹は、「あ」と声をあげた。
「そうだ、この辺に霊的に前世とか、運命とか視てくれる人がいるんだよ」
「ふうん」と俺は特に興味を抱けずに聞き流した。そして、お、あの家の形可愛いなぁ、とその辺の風景の撮影ポイントを探し始める。
「視てもらわない?」
「別に良いよ」
「いや、これは視てもらうべきだ。運命だよ」
「何が」
「ここに来たってことが」
「いやいや、通り過ぎるだけだから」
「導かれたんだよ」
 俺は、尚も否定しようとして顔をあげ、ふと妹の顔を見つめた。冗談で言ってるのかと思ったのに、彼女は思いのほか真剣な表情でスマホを取り出し、恐らく地図を検索しているんだろうと思われた。
「何か、聞きたいことでもあるのか?」
「うん、まぁ…」
 曖昧な返事をしながら妹は真剣にスマホの画面を見つめて、スクロールしている。
「まぁ、特に目的ある散歩じゃないし、良いけどさ」
 そして、そこは本来数ヶ月前から予約しないと視てもらえない、すごく当たると評判の占い師さんだったのに、問い合わせたらたまたまキャンセルが出たとかで、1時間後に予約を入れることが出来てしまった。ほんとうに呼ばれて導かれたのかも知れないと思えるようなタイミングの良さだった。
「せっかくだから、アイスクリームでも食べながら待ってる?」
 と、俺は目の前のアイスクリーム専門店のウインドーを覗きこみながら言った。そこには色とりどりのジェラードが並び、トッピングも楽しそうだったし、ソフトクリームも数種類あるようだった。日差しはあったが、雲の流れも早く、もしかしてこの後雨も少し降るかもなぁ、という天気だ。
「いや、あたしは良いよ」
「なんでさ」
 せっかくの美しいアイスクリームを目の前にして、俺は不満を訴えたが、どこか緊張した横顔で妹は、後で良い、と繰り返した。一人で食べるのも寂しいので、「じゃ、俺も後にするか」と占い師さんの館を目指して自転車を走らせることにした。
 詳しい場所も家の外観も内緒だと言われたのでここに描写は出来ないが、アイスクリーム屋さんから自転車で行ける距離とだけ言っておこう。
 そして、ちょっと難しかったのが、通訳さんを介してしか会話が出来ないということ。しかも、通常の英語ではなく変な専門用語が多いので、多少の英会話なら出来る筈の俺にもなかなか理解し難く、微妙なニュアンスなどがきっと違ってたんじゃないかなぁ、という後悔だ。
 ここへ行くと分かっていたら、それなりに英単語を勉強し、聞きたいことを整理し、もっと明確な今後の道しるべを手に入れることが出来たかも知れない。
 それほど、その出会いは衝撃だった。確かにこの人は、視えている。分かっているのだ、と感じた。

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 予定の時間が終了し、自転車にまたがって帰途に就いたとき。
 二人とも無言だった。
 特に何かを話し合った訳ではなくて、二人はそのままホテルへ向かい、一旦部屋に入って荷物をおろし、スーパーへ買い物に行った。そして、そこでおつまみとそれぞれ好きなお酒を買って、再び部屋に戻った。
「大雨に降られなくて良かったね」
「うん、途中ちょっと通り雨があったけど」
「虹が住宅街に刺さってたね」
 何故か二人はドキドキしながら天気の話を真剣に語り合う。ほんとうに話したいことを話す前の助走のようなものだ。相手のコンディションを探り合いながら、タイミングを見計らっている。
「家もすごく虹色になるもんだね」
「虹があんなに近いのって初めて見た」
 そして、袋を開いただけのポテトチップスとチーズをつまんで口に入れる。もぐもぐと口を動かしているのに、何故か味がしない。そして、味のしないカクテルを喉に流し込む。
「お兄ちゃんが、いたんだね」
「うん」
 水子という単語が頭に浮かんだ。通訳の方は、そういう日本語は使わなかったので、最初はぴんとこなかった。
「なんか、すごく意外だったけど、納得した」
「うん」と妹は頷いた。「意外っていうか、びっくりしたというのか」
「でも、ああ、そうか、ってすごく分かった。ああ、どおりで…っていうのが、今までものすごくあったもん」
 妹は俺を見つめて、その瞳の中に同じ風景を見た。
「そうだよね。ちっちゃい頃、二人で遊んでたときとか」
 幼い頃、二人はよく近くの公民館へ行ってブランコで遊び、いつまでも帰らないことが多かった。あるとき、夕暮れ時になって祖父が迎えに来たことがあったのだが。
「友達は帰ったのか?」
 と迎えに来るなり、祖父は俺たちに尋ねた。
 俺も妹も、きょとんとして、ただ祖父を見つめた。そして、特に意に介することなく一緒に並んで帰り始めたのだ。
「どこの男の子だ?」
「何が?」
 田舎なので、どこの誰の子とか誰それの孫、ということは近所中が共有して分かっていることなので、たまに見かけない子どもがいると、祖父はそれが誰なのかとても興味を持つのだ。
「一緒に遊んでたのは」
「誰もいないよ」
 うん、と妹も頷く。どうでも良さそうに。
「お前たちよりなんぼか年上の男の子がいたっただろ?」
「いないよ」
「いないって?」
 まったく信じていない口ぶりで祖父は笑った。
「見掛けない子だったって、隣のばーちゃんが言っていたから」
「ふうん」と、俺はそのときそれほど気にしなかった。目の悪いおばあちゃんが見間違えることもよくあるし、一緒に遊んでたわけではなくて、近くで他の誰かが遊んでいることもあり得るからだ。
「仲良くお前たちと遊んでる男の子がいたって言ってたなぁ」
 祖父は目を細めた。
「ふうん」と俺はただ頷いた。もう、頭の中は今日の夕飯のおかずはなんだろう、ということに移っていた。
 しかし、それと似たことが、実はよく起こっていたのだ。妹と二人きりで遊んでいるときに限って。
 通りかかった近所のオバサンが、買ってきた駄菓子を3人分くれたり、家に帰ると「誰と遊んで来た?」と聞かれたり。
 そんなにしょっちゅうあることではなかったし、他に誰か友達がいるときには起こらないことだったので、俺も妹もそれほど気にしたことはなかった。老人にありがちな見間違いや感違いとして片付けていた。実際、カカシを本物だと思って話しかけたりする人もいたし、遠くからだと、何か別のものを人だと勘違いすることもあったのだ。
 だけど、と俺と妹はホテルの部屋でしんみりと語り合った。
 あれは、ほんとうに、生まれることの出来なかった俺たちの兄だったんじゃないかと。
「お兄さんが言いたいことがあるそうです」
 と通訳の方を介して言われたとき、俺はぞうっと背筋が粟立った。それは恐怖というものではなくて、恐らく未知のことに対する警戒感とか、疑い、といった感情故だったと思う。
 しかし、その肝心の「言いたいこと」をはっきりとした言葉にすることなく、俺たちの「兄」は、気配を消してしまった。他にも、先祖の霊が出てきたり、たくさんの守護霊たちや、土地の神様のような存在が次々と口を出してきてはいろんなことを言い始め、俺も妹もどこかぽかんとする時間が続いた。
「叔母さんが言ってたこと、って…そういうことだったのかもね」
「そういうことって?」
「つまりさ」俺は言った。「‘悪霊もただただ追い払わず、それこそ優しい気持ちで接した方がいいと思う’っていうのも、そういう含みがあったのかな」
 水子の恨み?
 先祖の供養?
 そして、東北の土着の神。アラハバキ神と龍神さま。自然を神と崇めた、天照大神以前のもっと古い土地の神様の存在というもの。沖縄のキジムナーのような、その土地に存在する精霊。
 恐らくそういう微妙な宗教的ニュアンスが、言葉の壁に阻まれて、俺たちはうまく理解出来なかったんじゃないかと思う。なんだか、すごく散文的なことをたくさん言われたのだ。
 何より、今回は俺たちに兄がいたという衝撃の事実に打ちのめされて、茫然としてしまっていた。
 いろんなことがうまくいかなくなり、人間関係や仕事に支障が出て、日常がただつらくて生きづらくなっていたのは、二人ともに、そういう霊障が出ていたからだったのだろうか。
 仕事の愚痴はお互いにあまり口にしないから、ほんとうのところの辛さや辟易する些細な出来事も共有することはない。だけど、そこでもがき苦しむ心情だけが、奥底で繋がっているように感じ取ることが出来る。生死に関わるような深淵を一緒に覗きこんでしまいそうになる。
 ひとつの本業を持ちながらも、そこに全精力を傾けて生きていけないちぐはぐな人生しか運営出来ない俺は、副業やアルバイトや、器用貧乏にあらゆる世界に首を突っ込んで居場所を探し求めている。そう、「ここにいて良いよ」という許可を求めて彷徨っているのだ。
 だから、もう良い年になっても彷徨う心が求めるまま、新たな仕事を開拓し、模索し、ふらふらしたままでいるしかない。新しい仕事、新しい人間関係、そういうものをさっと築ける年齢をとうに過ぎてからも求める弊害が出始めていて、そのストレスで胃腸がやられていた。
 働いて最低限の収入がないと生きていけないし、今、お金を使うことがどうしたって生きている楽しみになってしまう時代だ。特に、おいしい物との出会いに貪欲になり、出来るだけ自然と調和して生きることを意識し始めてしまうと、毒にまみれた現代の食品や環境に対して、何かしたいと考えてしまう。
 そして、出来ることの少なさに唖然とし、何をどうしたって変わりそうにない世の中に絶望してみたりすると、どんどん生きる気力がそがれてしまう。それに加えて、目に見えない「何か」があちこちで何らかの作用を及ぼす事態が、確かにあったのだと思う。
 体調の絶望的な悪化や、記憶力の低下や、周囲との摩擦といったような。
 そこから逃れるように旅に出たこの旅先で、その根本のことと向き合うことになるとは。ほんとうに、操られて、誘われて、導かれてここにたどり着いたのかも知れない。どうしたら伝えられるのか、兄も、先祖も、精霊たちも困ったんだろう。
 遠い南国の国、ハワイ。しかし、俺も妹も縁のある土地だったんだなぁ、と思うと不思議だ。
 ここは、ポリネシアンの土地。
 精霊の宿る島。
 そして、虹と夢の常夏の国。
 ハワイは、アメリカ本土からの移民を受け入れ、更に諸国から移住してきた人々と共に暮らしてきた。日本の国譲り神話に似た経過に思える。もともと神と崇められ、恐れられ、大切にされてきた龍神。それをスサノオが地上におりてきて殺してしまった。
 その魂を鎮めるために、高天原からおりた神は出雲大社を創建した。というのは、朱鷺(shuro)の勝手な解釈であり、大国主は、国譲りと引き換えに自らの住居を求めたということらしい。
 しかし、龍神を殺したのがスサノオであり、その子孫である大国主命が出雲大社建立を果たしたのは、偶然ではないだろう。
 天照大神の弟の子孫が、出雲大社の大国主命の御神体をお守りするために宮司として仕えている。その複雑に絡み合って、日本という国を織りなす神話の世界。国譲りを果たすように、鷹揚な日本の神々。来るものは拒まず、去るものは追わず。多少の汚れや出生を気にせず、そこに集まるもの、求めてすがってくるものを何も拒まない懐の広い世界。
 大国主命のご神座は、西方、常世の国の方を向いているそうだ。神々が休息をとる場所を護っているのだとか。
 そして、たたら製鉄。今に受け継がれる玉鋼をつくる業。
 アラハバキ神の御神体は鉄鉱石であると言われる。
 まだまだいろいろと噛みしめるべきことを沢山言われてきたのに、あまりに断片的にしか覚えていなくて、今後、二人のそれぞれの人生のふとした瞬間に、その言葉とか思いとか、伝えてくれた相手の祈りの切れ端が、その時々で俺にも、妹にも、届いて沁みていくんじゃないかと思った。
 日本各地で古代よりあった戦は、主に中央政権の覇権争いだっただろう。東北の地は、八百万の神を信仰し穏やかに暮らしていた。そこに攻め入ってきた中央政権。火の粉を払っただけなのに中央に刃向かったと言われ、討伐された。その悲しい歴史は、多くの浮かばれない魂の存在を生み出しただろう。
「ねぇ」と妹は言った。
「その、お兄さんはきっと、ずっとそばにいたのかも知れないね」
 うん、とかすれた声で俺は頷く。不意に誰かの、何かの気配を感じた気がして振り返ってしまいそうになる。実を言うと、日本で家の中にいても「誰か、何かがいる」という音を聞くことがあった。階段を下りてくる足音。床のきしむ音。廊下を走り抜ける何かの気配。
「もしかして、そばに、っていうより…」
妹の言わんとしていることが、ものすごくよく分かった。ああ、なるほど、と思う。兄の生きたかった人生を、俺は生きようとしてきたんじゃないかと。それはきっと本当に無意識に。
「俺が医療の道を目指したのは、単に手に職をと考えただけだったんだけどさ。家族を診てあげたいと、ほんとうはどこかで思っていたのかも知れないなぁ」
 妹が手術を決意する前に、きちんと診てあげられなかったことが痛恨の極みだった。何故、と言いそうになって、慌てて口を閉じた。
『どんなに親しくなった相手にも、決して踏み込ませない領域を守るあなた。
というのも、思慮深く観察眼の優れたあなたには、どうしても世のなかの粗が見えてしまうから。
知りたくないことも知ってしまう敏感な自分を憂い、厭世的になったり、すべてを疑ったり、これ以上絶望したくないのだと社会から早めに隠遁するかもしれません。』
 まさに、妹は誰にも頼らず、一人で必死に自分を保とうとしてきたんだろう。そして、相手に気を使い過ぎて、隷属すらしてしまって。良い気になって何もかもを妹のせいにして、ヒモ生活をした男を知っている。妹が愛した相手を悪くは言いたくないから今でもこれからも何も言うつもりはないけれど、優しすぎる妹に甘えた男が、妹の人生の時間をたくさん奪った事実は現に存在している。
「うん、きっとそれは運命というか、宿命だったんだよ」
 と、妹は微笑んだ。今度、治療してちょうだいね、と。運命、宿命、という言葉を妹の口からいったい何度聞いたことだろう。今回、もしかして妹はそういう予感をしっかりと抱いてこのイベントに挑んでいたのかも知れない。
 男らしいとか、かっこいいというのは、俺にとって最高の褒め言葉であり、女々しいニンゲンは男女ともに我慢がならない。
「守らなければ」とか、「自分が指揮を取らなければ」という気持ちが常にあったのは、もしかして「兄」の心だったのかも知れない。長男となるはずだった彼の。
「兄が何を伝えたかったのか、ちゃんと知りたい気がする」
 それがどんなに怖いことでも、或いは、悲しいことでも、そして恨みごとや泣きごとだったとしても。
「もう、伝わってるんじゃないの?」
「え」と俺は驚いて妹を見た。
「どんなこと?」
「だから」と妹はちょっと考えて言った。「それは、伝わっているけどまだ分かんないってことで」
「いつか、何かの拍子に、あ、これだったのか!って感じになる展開?」
「そうなんだよ」
 そんないい加減な、と俺も妹も笑った。
 だけど、それは深いところで「確かにそうなのかも知れない」とも感じていた。
 だって、きょうだいなんだもん。同じ血を分けた「血」の絆を抱いた兄の心が、きっと俺にも妹にも分かるはずだという根拠のない確信。
「あれ、そういえば、君は何を聞きたかったの?」
「うん」と妹は神妙に頷いて、そして、「うん、もう良い。大丈夫」と言った。俺が納得出来ないような表情を浮かべていたんだろう、彼女はビールをぐいと飲み干して、ビンをテーブルに置いた。
「まぁ、ほら、身体のこととか。今後のこととか」
「ずいぶんざっくりしてるな」
「だから、もう良いんだよ」

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 ハワイの最初の夜、妹は最後に言った。それが、実はすべての答えだったんだと俺はまるで夢を反芻するようにその静かな光景を思う。
「ホノルルマラソンはずっと憧れていた夢だったし、思い切って応募しちゃおう、という感じで後戻り出来ないように自分を励まして、戒めて、とにかく進めたんだ。そして、その勝負に挑む際に一緒に行って欲しい人。それは、恋人でも友達でもなく信頼出来る人間」
 低く響く声が淡々と語るそれは、泣きそうなほど、嬉しい言葉だった。
「そこはもう最初から同行者はお姉ちゃんしか考えられなかった」
 どくん、と心臓が音を立てた。
「何よりお姉ちゃんは‘分かった’と言ってくれる自信が私にはあったから」
目を閉じたままじんと胸が熱くなって、泣きそうになった。こんな風に信頼してくれる存在に、この先、今後、次の生も含めて、俺は出会うことがあるだろうか。こんな風に強い絆を紡ぐことがあるだろうか。離れていても繋がっている‘血’の絆の尊さを思った。
 
 まだまだ、俺たちは流れ続けて、移ろい、彷徨い続けるだろう。この人生の旅路を。躓いて、倒れても、這いつくばって歯を食いしばり、黙って涙を落しても、泣き叫んで号泣しても、やがて俺も妹も、顔をあげるときが来る。満天の星空を見上げて、満月の明るい夜の影に視線を落として、それでも道を探すだろう。

 空を駆ける流れ星のように潔く、清らかに、そして美しい残像を夜空に残して―。
 

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翌日 

ホクレレ ~流れ星~

 マノアの滝
 「虹の谷」マノア渓谷。滝へ向かうハイキングツアーに参加。なんと、その案内をしてくれた方も前日のマラソンの参加者であり、42キロを走りきって、FINISHNER‐Tシャツを着用してのご案内だった。現地の方もけっこう参加されていることを目の当たりに知った。
 この方もカイルさんという英語名だったけど、日本語はとても流暢で細かなニュアンスも伝わるから、ご両親のいずれか日本人なのかも知れないと思った。

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 滝へ向かう道は、他にもたくさんの人が訪れていて、細い道を何度か譲り合って進んで行った。途中の何箇所かでガイドさんが「ここは写真撮影ポイントです」と言って、ツアー客全員に写真を撮ってくれた。撮り慣れているらしく、アングルを何度か替えて数枚撮ってくれたり、下から見上げるように撮影してくれたり、細やかな心遣いが嬉しかった。
 ずっと雨模様で、カイルさんが準備してくれたレインコート(ポンチョタイプ)を着たり脱いだり。肌寒いくらいだったので、歩いている内に暑くはなったがそれほど蒸れた感じでもなく、概ね気分良くハイキングを満喫した。
 滝は、古今東西、どこのどんな滝も素晴らしい。マイナスイオンがどうのこうの以前に、そこへ辿り着くまでの行程の景色や緑の色合い、しんと息づく森の呼吸に心が洗われる。埃と煤とにまみれた雑多で余計な思考、負の感情、そういう日常を脱ぎ去れる瞬間の心地良さに心が静かになる。
 清らかな空間に身を置くと、ヒトは魂の中心に近い部分を感じ取れる瞬間がある。深淵とは違ったもっと透明で無垢な状態の自分自身というのか。深淵とは、宇宙真理へ続く闇だ。そこへ至るために潜り抜ける道は狭く暗く苦しい道のりだ。

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 滝に到着して零れ落ちる滴を眺め、感激の写真撮影をしていると、何人かの友人と訪れたらしい若い男の子が立ち入り禁止のロープを超えて、滝壺の淵へ行き、そこで撮影を始めた。動画撮影もしているのかも知れない。カイルさんは、「以前は注意をしたりもしてましたが、最近では諦めて放っておいてます」と言う。
 それが賢明かもな、と思う。決めるのはヒトじゃない。滝が、ハワイの自然が、受け入れるかどうか、許すかどうか決定をくだす。聖なる領域を犯した不届きなニンゲンに対して。どんな方法でなのかそれは分からないが。

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 人里の裏山、住宅地の奥にひっそりと流れ落ちる滝。
 出会いに感謝。そして、ぜひ俺を連れて行きたいと、このツアーを手配してくれた妹に心から感謝する。
 妹は、7~8年前にも同じツアーに参加し、そのときガイドをしてくれた日本人女性の生き方考え方、ハワイの自然を愛する姿勢に感銘を受け、いたく感激したそうだ。もしかしたら滝というよりも、そのガイドの女性に会いたくてこのツアーを申し込んでくれたのでは? と思うほど、彼女について語ってくれていた。
 ハワイを愛して、ハワイの豊かでうつくしい自然を愛して、彼女は日本人向けのツアーガイドをしている。自然を愛するがゆえのさりげない行動―落ちているゴミを拾い、虫除けは環境に良くないから、と自分が刺されるから良いのよ、と笑い。
 今回の男性ガイドさんは、道に邪魔になる木の枝や草のツルを容赦なく鉈で切り進んでいたが、その方だったら手で避けて、今の内に通って、と客を通すね、と。
 男女の違いもあるし、自然に対する姿勢も多少あるんだろうけど、でも、俺は恐らくどちらのガイドさんも好きだなぁ、と思った。
 そして、ハワイを、その自然を愛する人の心を美しいと感じた。日本もハワイも変わらないもの、それは自然の圧倒的に美しい緑と、青い空、そして、水だと思う。
 自然は、こんなにも清らかで偉大で、容赦のないものなのだ。

 ツアーは半日のものだったので、午後は、再びコンベンションセンターへ。今度は完走証を受け取りに赴いた。やはり多くの日本人でごった返していて、完走を果たした沢山のランナーの晴れ晴れした顔に、ホノルルマラソンの偉大さを思う。清々しい気持ちになって、心は晴れやかになって、完走証を手にして感激を味わう。
 こういうのが良いよな、と思う。
 4階に向かうエレベーターの脇に「会場は上です」とにこにこして案内をしている男性がいた。俺たちがそこへ向かったのは午後だったが、恐らく午前中はもっと大勢の完走ランナー達がやってきたのだろう。その多くの人たちが迷わないように、彼は一日そこにいて、「上ですよ」と、同じようににこにこ案内してくれていたんだろうと思う。
 そういうのって、本当に良いな、と思う。
 そして、完走証を手にした妹を見て、その心から嬉しそうな様子を見て、そうか、俺はこれを見るためにここにいるのだと思った。完走を果たし、感激を胸に抱きしめて佇む妹を誇りに思った。ほんとうにすごいと思った。やり遂げたのだ、夢を。手にしたのだ、憧れを。
 
 その後、なんとなく立ち寄ったハンバーガーの店で、ハンバーガーを食べて、カクテルを飲んで、そしてホテルへ戻った。

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 その夜は、ホノルルマラソン完走を祝ってホテルのレストランで乾杯し、ステーキを食べた。普段、匂いにやられて牛肉を食べられない俺だったが、その夜のディナーは美味しかった。前菜もパンもご飯もサラダも、幸せにお腹がいっぱいになった。
 食べるって、生きることだなぁ、と思う。
 文字通り、命をいただくことだ。そして、食欲というのは満たされたときに単純に誰でも幸せを感じられる一番基本的で純粋な欲求だ。欲望ではあっても、美味しい物を食べて幸せそうに微笑む人を憎むことは難しい。
 切実に絶対に必要な欲求であり、食べることそのものが、生きることだという気がする。
 実は、そのとき、新たに始めたアルバイトのお陰で俺は「食欲」とか「消化吸収能力」に支障を来していた。しかし、知ったのは「ごく普通の日常がかけがえのないものである」というありきたりな真実で、なんだかそれに対して俺は奇妙な罪悪感のような、悲しくも苦しく、切ない気持になった。
 もっと具体的に言えば、単にいつもボケっとしている時間に新たな仕事を入れるということは、その時間に制約を設けることであり、その時間は労働という対価のために奉仕しなければならないということ。そして、それがない日は、手元に戻ってきた自由な時間に安堵と喜びを味わうことが出来るのだ。
 自由は、不自由という対比がない限り感じることの出来ない、そこにあってもないような不思議な感覚である。

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 ありきたりの日常が、かけがえのない時間。
 それを、改めて言葉にするのは、ほんとうはなんだか悔しいような、自分がバカになったような気がする。何故なら―俺は2011年の東日本大震災でイヤというほど思い知ったのだから。

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ホノルルマラソン 

ホクレレ ~流れ星~

 マラソン当日。
 5時スタートで、4時半にはスタート地点に着いているように、との指示。ホテルから歩いて20分程度なのだが、その時間、混雑が予想されるし身体をしっかり目覚めさせておくために3時から3時半くらいにはホテルを出ようということになっていた。
 俺は2時には目覚めて、脳がしっかり起きてしまったのでもう眠るのは諦めた。降ってわいたマラソンのために、コースの地図や、ゴールの地点の確認などをしながらリビングスペースでぼうっと起きて時間を潰していた。
「もう起きてたの?」
 と、妹が起きてきたのは2時半。
「まだ寝てた方良いよ」と俺。マラソンは体力勝負だ。少しでも身体を休めておけば、と思った。
「準備しなきゃないから大丈夫」
「向かいの部屋の人もマラソン出るみたいだね」
「あ、ほんとだ。準備体操してる」
 向かいとはいっても、けっこう離れて建っている隣の建物の窓に、着替えをして、ストレッのような動きをしている男の人の姿が見えた。
「こっちも見えてるのかな」
「そうかも」
「ま、見えたって別にどうってことはないけどな」
「まぁね」
 ゆっくりと着替えをし、最低限の持ち物をバッグに入れて、妹は支度を整えた。俺は走るわけでもないので、いい加減な現地のかっこうで懲りずにサンダル履きで一緒に外へ出る。
 まだ人影はまばらで、それでも何人か、ゼッケンを付けた人を見かけた。路上に眠っている人がいたり、スプリンクラーで濡れた地面の水たまりがあったりしたが、いつも朝方降っていた雨が、その日はまったく降る気配がなかった。
「初めて雨が降らない朝だね」
「とにかく、ゴールするまではもってくれると良いな」
「うん」
 淡々と歩きながら、朝の空気を感じていた。真っ暗なワイキキ。街頭と町の明かりが幻想的にきらめき、海は気配だけ。
 橋を渡っていたら、警備の警官らしい二人が「オハヨウゴザイマス!」と声を掛けてきた。
「おはようごさいます」
 と、二人で微笑んだ。
「帰り、気をつけてね。道に迷わないでね」
 心配そうに妹に言われて、方向音痴の俺はちょっと不安になって、後ろを振り返って道の景色を刻み込んだ。暗いと道順は余計に曖昧になってしまう。
 申告した予想タイムの順番に旗が立っていて、「この辺かな」というところで待ってみた。

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「トイレに行ってくる」
 と仮設トイレに向かった妹が、「暗い!」と個室の中で叫んでいる。
 なるほど、灯りがまったくないのか。さすがハワイ。いや、仮設トイレだったら日本でも灯りなんかないかもな。
「もう大丈夫だよ」
 というので、俺は手を振る妹を残して一旦ホテルへ帰った。その頃には、出場選手がどんどん各ホテルからやってくる群れが道に広がっていて、反対側へ向かう俺はその群れを避けるのが大変で、道に迷う暇はなかった。
 気だるい眠気が身体の奥に残っていて、どうしよう、ホテルで少し眠ろうかな、と思った。スタートして1時間くらいしたらゴールに向かって、と言われていたが、それよりは少し早めに出る予定でいた。
 ホテルに戻って、結局他にすることがなかったので、俺はまたベッドに横になった。
 ほどなくして、花火の打ち上がる音に目覚めた。
「へえ、花火でスタートなんだ…」
 それでもしばらくぐうたらしていたが、「そろそろゴールへ向かおう」と俺は外へ出た。大丈夫、雨は降りそうにない。
 頭に叩き込んだ道を、ひたすら歩く。沿道には応援の人たちと、すでに先頭隊のランナーの姿があり、俺は驚き、慌てた。
「え、もう?」
 次第に早足になってゴール地点へと急ぐ。海の近くを通る道路なのに、海はまったく見えない。道路脇に警察車両があり、途中に救護所があり、ようやく現実感のようなものが沸いてくる。ランナーではないって、ほんとうにお気楽だ。

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 必死に歩いて、あまりに必死だったせいで、うっかりゴールを通り過ぎようとした。
「あ、…あれ、ここがゴールじゃん」
 まったく、日本と違って何もかもがあっさりとしていて、何もかもが普段着で、無理がなくて変に格式ばってなくて、これはこれですごく良い。
 どんどん先頭集団がゴールしてくる。
 恐らく、JALの写真撮影担当の方かと思うだが、一人一人を一生懸命撮影している。ゴールしてきた選手も、ゴール前に立ってスマホで自撮りをする。次第に混雑してくると、スタッフらしき女性が「ゴール前に立たないで、奥へ進んでください」と英語で交通整理のようなことを始めている。
 俺も、実は妹のゴールする瞬間を撮ろうと、あまり邪魔にはならないであろう、しかし、ゴールの内側付近にしばらく陣取っていた。
 しかし、「すみませ~ん、お願いしま~す」と遂に日本語で叫ばれたので、仕方なく外へ出た。その数分後、妹がゴールしてくる。
「なんで~っ」
 と地団駄を踏みたい気分だったが、仕方がない。きょろきょろと俺を探している妹に近づいて、「ごくろうさん」と、声を掛け、タオルを渡した。
 妹は、疲れきってはいたが、晴れ晴れとした笑顔を見せた。
 ゴールメダルをもらい、満足そう。
 その頃には空はうっすらと白くなり、ホテルに向かって歩き始めるときには周囲は明るくなって、海も見えてきたし、日差しも出てきた。まだ走っている人たちはどんどん暑さにやられるだろうな、と思われた。
「ホテルに帰るか」
「うん」
 と、なんだかアッサリと走ってきた道の沿道を二人で歩いた。まだまだ走っている人たちがいて、歩いている人達もたくさんいて、「最初、歩いている人の群れを追い越すのが大変だった」と妹は言った。
「初めから歩く気なら、前にいないで欲しいもんだね」
 それでも、そういう規制もなく、注意するスタッフもなく、ほんとうに楽しむ時間をそれぞれが自分の責任で動いている。なんか、良いなぁ、と思った。緩くって、おおらかで、とげとげもしてなくて、ビチビチのルールに縛られてない自由な感じがすごく良かった。

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 清濁併せ飲む、っていうのとはちょっとチガウけど、大きな緩い円の中に、縁があった人たちがにこにこ集って、一緒に何かをやって、それでもかっちりはまったルールに則ってなくて、それぞれがそれぞれでゆったり自分の場所を確保して、時間を生きている。それは緩いけど、覚悟もあって、責任を負うのは自分だと分かっている厳しさもある。こういうのが、自己責任だよな、と思う。
 マラソンで死者が出ても、怪我人が出ても、そういうこともあるよね、気の毒だったけどその人はその人なりに楽しんで、覚悟の上に挑戦した結果だったんだから、仕方がないね。そう言える余裕が良いと思う。
「日本だったら、即刻中止になっちゃうよね」と妹は言った。
「ほんとだ。日本だったらそうだね」
 だから、ハワイが絶対的に良いとか。日本はダメだとかではなくて。
 良い部分もダメな部分もどこにでもあって、誰にでもあって、だけど、宇宙から見たら、それは善悪ですらなくて、単なるその土地の特徴とか、人や風土の違いとか、そういうゆらぎになるだけ。
 迷い、惑い、間違って、時々素晴らしいことに出会って、ゆらぎの中で生きているのがニンゲンだろうな、と。
 対比するものがないと、それが良いとか、それは素敵だとか、幸せ、っていう概念もそもそも生まれない。生まれ育った環境が、「当り前」だと思って生活するのだから。
 沢山の制約の中で自由を得たとき、得られない時間が長かった挙句、何かを手に入れたとき、ヒトは「幸せ」を知る。それが良いことなのかどうかは分からないけど。

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前日 

ホクレレ ~流れ星~

 マラソン前日、土曜日。
 この日は、朝から夕方までのオプショナルツアーに申し込んでいた。交通事情もよく分からず、英語がしっかり通じるか定かではないとき、ツアーに参加した方が安上がりってこともある。いちいち調べなくても、コンスタントにコースを巡ってくれて、必要な場所に案内してくれる。
運転手さんがホテル前に迎えに来てくれて、そこからワゴン車に乗り込み、いざ出発。その日の朝も雨模様。ホテルから傘を借りて出た。
 ほとんど日本人向けのツアーなので、運転手さんは日本語が流暢だ。流暢どころか、外見も微妙なニュアンスも日本人だったが、お名前だけがグレンさんといった。
「2世の方ですか?」
 と問うと、
「3世です。父がオアフ人で」
 幼少期は沖縄で育ったそうだ。どおりで日本語にまったく違和感がないわけだ。
 他にもう一組ファミリーが一緒になります、とのこと。もう一組の彼らはご夫婦と子ども達と、おじいちゃんだった。グレンさんが聞くと、ご夫婦がマラソンに参加されるという。
 最初に向かったのは、今回の目玉というか一番楽しみにしていた「KCCファーマーズマーケット」。
 着いたときは曇っていたが、見て回っている内に何度か雨が降った。
 非加熱のハワイ産のハチミツや、マカダミアナッツ、果物や植物やその場で食事できるいろいろなもの、あとはコーヒー豆。何でも買いたくなる俺を冷静に背後から眺めて「これからナッツのところにも行くんじゃなかった?」とか、「今買わなくてもまだあるとおもうよ」。
 まぁ、そうなんだけどさ。
 日本語が通じるし、賑やかでなんだかうかれてしまうし、周囲の植物が雨で生き生きしていて生気がほとばしっているし、良い空間だった。

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 そして、大きな虹を見た。
 日本とは違って、何もかもが大らかで巨大であったかくて、その日は湿っていたから、まるで獰猛な生き物に成長しているサボテン類や、熱帯のジャングルのような植物たちが綺麗だった。その圧倒されるような生命力がとても心地よくて、映画「ジュラシックパーク」は、実は現実の世界だったのかも知れないと錯覚を起こすようなロマンがあふれていた。
 それから、ホノルルマラソンの最後に選手に無料で提供される「レナーズのマサラダ」を店先で食べて、ハウピアパイで有名な「テッズ・ベーカリー」へ。ココナッツとチョコレートの微妙な割合がおいしさの秘密!ほかにもマカデミアンのパイ、パイナップルのチーズケーキなどが美味しいそうだ。
 俺は、ちょっとそのとき甘い物の気分ではなくて、コーヒーだけを頼んだ。小さいサイズを頼んだのに、日本ではラージサイズと言われるであろうカップがやってきた。
「こっちの人のラージサイズって…もう、なんだか大きさの概念がおかしくなるよな」
 妹が、そうそう、と笑った。
 「マカダミアンナッツファーム」。ここは、ある意味とっても素敵な場所だった。今回のツアーで一番好きなところだったかも知れない。
 田舎の奥深くというイメージの場所で、木に囲まれた静かな建物だった。店の中にはもちろん沢山マカダミアンナッツが売っていたし、試食もたくさんあって、無料で飲めるコーヒーもあった。でも、何より俺の気に入ったのは、店の中を通り抜けて裏へまわると、そこには大きな木の囲いの中にナッツが山積みになっていて、それを勝手に割って食べられるようになっていたことだ。(これはもちろん、運転手さん情報だ。)そして、特筆すべきは、周囲には鶏がたくさんいて、虎視眈眈と観光客がナッツを割るのを待っている。隙あらばナッツを横取りしようと周囲をぐるぐると窺っているのだ。
 追い払っても追い払っても寄って来る。とはいえ、俺は追い払うことはせずに、普通に割って、普通に食べて、少し彼らにも分けてあげた。何しろひよこもいて、ほんとうに可愛かったのだ。
 俺の前に、小さな女の子が一生懸命鶏を追い払いつつ、ナッツを割っていた。木の切り株の上にナッツを置いて、大きな石で割るのだが、その子は石の尖った部分をナッツに当てようと必死になっていたので、平らな面でやると良いよ、と教えてあげた。

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 一度試して面白かったので、妹を呼んでもう一度やった。
 更に、時間があったので、もう一回行って割って食べた。半生の柔らかい素朴な味のナッツ。これが試食の中で一番美味しかったかも知れない。
 そして、「カフク・ロミーズ」でランチ。ハワイへ行くと決まってから、俺は何が何でも「これだけはやるぞ!」と決めていたことがある。それは、ガーリック・シュリンプを食べること! 何故か?
 Dlifeの「ファイブ・オー」というハワイを舞台にしたドラマで、いつも主人公が友人の店のガーリック・シュリンプを食べていて、それがほんとうに美味しそうだったからだ。
「一番美味しいのはロミーズだと思います」と運転手さんが連れてってくれた。
 周囲には日本の水田のような光景が広がり、その水田のような貯め池で淡水エビの養殖が行われていると教えてくれた。テーブルは油でベタベタしていたし、囲いはあるけど風が容赦なく吹き抜けて行くから、なかなか肌寒い感じだったが、エビは美味しかった。

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 それから「サンセットビーチ」に立ちより、サーフィンをしている人たち、荒波のそばまで行ってきゃあきゃあ騒いでいる女性たちの姿を見た。
 サーフィンをしている映像はテレビではよく観るものだったが、実際に浜から海へ向かい、波に呑まれ、一生懸命波に乗る人の姿には、なんだか感動した。ずっとぼーっと突っ立って見ていた。いつまでも見ていたかったくらいだ。どこか神々しさを感じて、それはハワイの空気のせいなのか、波の荒さなのか、強い浜風のせいなのか分からなかったが、どこかうっとりとするような魔力があった。
 それから少し北に進み、ウミガメがいるかも知れないビーチへ。
「今日はいないかも知れないなぁ」と言われつつ立ち寄ってみたら、「いた!」と、指さされた。
「半径3メートル以上は近づかないでください」と言われ、恐る恐る撮影に向かった。
 亀が嫌いな妹は近づいて来なかった。

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 そして、お次は「ハレイワタウン散策」。ハレイワタウンは、ハワイの昔ながらの風景が残っており、土曜日は名物のフリフリチキンを買うことができるという。早速店を教えてもらって向かい、お持ち帰りで購入。
松本シェイブアイスでハワイ名物レインボーアイスも買う人と売る人を眺めてきた。手際良くかき氷の上に色とりどりのソースを掛ける様子が、何度見ても面白かった。
 あとは、とにかく町を散策。店を覗いて、歩きまわって、お土産を探した。
 綺麗な教会があり、妹は「死んだらここに入りたい」と言いだす。確かに静かでしゃれてて、何もかもから解き放たれて永遠に眠り続けられるような明るい場所だった。でも、思いっきりど真ん中の町中だし―
「遠いわ!」
「そうだよねぇ」
「ハワイの海に散骨してやるから、それで我慢しな」
 そして、ハッとする。
「っていうか、順番からいったら俺の方が先に死ぬだろが」

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 最後は、「ドールプランテーション」でパイナップル・ソフトクリームを食べた。確かにすごくパイナップルの味が濃厚で美味しかったけど。いやぁ、寒かった! 店の中より外の方がまだマシかも、と外のベンチで、遊園地みたいな列車を眺めながら黄色いソフトクリームをなめた。
「これが夏だったら、溶けて大変だっただろうなぁ」と思うような大きなソフトクリームだった。
 夕方、ホテルに戻り、その日は翌日に備えて、早めに就寝。

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初日 

ホクレレ ~流れ星~

 ハワイに着いたら、その日の朝に戻っていた。
 いや、単に時差のハナシなんだが、なんとなく得した気分。タイムスリップして、やり直せているようなドキドキというかワクワクというか、時差ぼけと眠気でテンションがおかしかったせいも相まって、異様に気分が高揚していた。
常夏のハワイ!
 という感じではなく、曇り空で、それでも遠くに青空が見えて太陽の光が漏れてきて、雨が降ったり上がったり。そして意外にも涼しく感じる程度にではあるが、冬の気配を感じた。いや、ここでは雨季というのか。
 お陰で空に架かる「虹」の出迎えに心が躍った。珍しくもない虹、万国共通で何の変哲もない虹ではあったが、空気の密度というか濃度でも違うのだろうか、日本で観る虹よりも明らかに色彩が鮮やかに感じられた。渋滞の道を必死にあちこち迂回し、むしろ時間と手間が掛かっているタクシーの運転手さんの背後で、二人で虹を見て、綺麗だねぇ、と静かにだけど深く七色が心に沁み入っていた。
 ホテルに到着し、フロントでは日本語で迎えられ、外国感ないわ、と思いながらもつつがなく部屋に入る。妹がいろいろ手配を済ませてくれていて、アーリーチェックインが出来たので、荷物を解いてクローゼットに服を吊って、スーツケースは片付けた。
 すぐに近くのコンビニのようなお店に買い物に行き、水を調達し、スナックを買い、そこですでにお土産のコーヒー豆も幾つか購入。お土産物屋さんで買うと、ハワイ・コナはとても高いのだ。
 何をするでもなく部屋でお茶を飲んだりしていると、妹がちょっとそわそわしている。
「ちょっと出かけてくるけど、部屋で休んでて」
「どこに行くの?」
 飽和したような妙な眠気はあったが、せっかくの海外、部屋でぼうっとしているのはもったいない。
「コンベンション・センター」
「なんじゃ、それ」
 そこに至って、ようやく妹は白状した。
「実は、ホノルルマラソン参加するんだ」
「なんだと?」
「ダメ?」
「いやいやいや、別に良いけど、すごいな。ほんとにか?」
 俺は呆気にとられたというか、驚き過ぎて、驚いたという言葉も出てこなかったし、ただただ茫然と「ほほう」と感心して目の前の妹という存在を見つめた。確かに運動は俺よりずっと得意だったし、活発な子だったし、交友関係も多かった。しかし、マラソンだと? そんなもの、参加したいと思うような子だったか?
 時間の経過を感じたと同時に、実は深い部分ではものすごく納得もしていた。ああ、なんだ、そうか、そういうことか、とどんどん落ち着いてきた。
「コンベン…なんとかって何しに行くの?」
「ゼッケン取りに」
 そういえば、そんなことを飛行機の中で言い掛けてた気がする。俺が絶不調だったから最後まで言えなかったんだと知った。
「じゃ、行こう」
 お茶を飲み干して俺は言った。妙に心が静かで、だけど高揚感はずっと続いていた。それは言葉にすれば「嬉しい」という感情だった。妹がやりたいことをやっと手に入れて、今、それに向かっている。それに対してホッと安堵したとでもいうような、安らぎのような波がホテルの目の前に広がる海のように、穏やかに何度も打ち寄せているような感覚だった。
 俺はきっと、妹に対して負い目を背負っていたのだ。ずっと。

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 コンベンションセンターに向かう道を二人で歩いた。恐らくいろいろな思いを抱えてドキドキしている妹とは裏腹に、俺は何の制約もなく、時間を気にすることもなく、そしてただの旅行者でしかなかったから、気楽にあちこち見まわしながら立ち止まって写真を撮ったり、綺麗な外国人の女の子を見ては「うお、可愛いな」と隠し撮りをしたり、「花が咲いてるぞ」と叫んでみたりしながら。
 そんな俺の様子を呆れるでもなく、苦笑するでもなく、淡々とかわしながら妹はゆったりと歩いていた。俺にとっては初めてのハワイだが、実は彼女はもう何度も訪れているちょっと馴染みの国だ。仕事の関係で何度かこの地を訪れ、島を歩き、浜辺で笑い、店をまわって買い物をしたのだろう。
「そういえば、マラソンって42キロも走るの?」
「最初はそうしようと思ったんだけどね」
「違うのか」
「10キロマラソンだよ。っていうか、42.195キロじゃないとそもそもマラソンって言わないみたいだけどね」
「何キロだろうと、走るのなんてご免だな。登山だったら良いけど」
「達成感は同じかも知れないね」
 なんとなく肝心のことはボカして、俺は核心に触れないようにしていた。聞き出したくはないと思った。話してくれるまでは、と。
 コンベンションセンターには、日本人がごった返していた。他の国の人たちも沢山いるにはいたが、やはり日本人が多い。そして、受け付けの人も日本語が普通に通じて、更に彼らは英語でもしっかり受け答えしていた。
そういう光景を見るとなんとなく懐かしい気持ちが蘇ってくる。かつて何カ月かを海外で過ごしたときの苦いような切ないような、優しいような悲しいような。そうだ、まるで恋のような不思議な思いだ。
 憧れとは、片思いのようなものかも知れない。

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 ゼッケンを受け取って、その後、スタート地点を確認しに行ってみた。日本だったら、すでに前日から交通規制が敷かれていたり、いろんな物が設置されてあったりするのに、まだ何にもない。一大イベントなのに、なかなか緩いんだなぁ、と語り合って笑い合った。日本が何もかも過剰過ぎるのだろう。
 久しぶりの海外で良い気になってサンダル履きで歩いていたら、まさかの靴ずれを起こし、帰りはバスに乗ってホテルまで戻ってきた。
 夕方になって、隣のホテルでカクテルを飲みながらサンセットを見て、降りだした雨に傘を借りた。
「フラをやってることもあるんだけど、今日はやってないね」と妹は残念そうだったし、俺もちょっとがっかりはしたが、何より、敷地の中にエサを求めてやって来る小さな小鳥、日本のスズメに似ているけど、頭が灰色の可愛い小鳥が、すぐそばまでやって来るのに感動して写真を撮りまくっていたから、他のことはあまり気にならなかった。
「あ~っ! ポテチを取られた! 鳥がくわえて持ってった!」
 という妹の叫びで振り返ったのだが、そのときはもう小鳥は飛び去った後だった。ドリンクだけをオーダーしても、おつまみとしてスナックが付いてくる。その揚げたジャガイモが強奪されたらしい。
 時間の流れがゆっくりで、みんな笑っていて、起こったことは起こったことに過ぎなくて、ぎすぎすしていなくて良いなぁ、という感じだ。
雨が突然降ってはあがり、虹が出る。そんな天気がその後もずっと続いた。
 夜半過ぎ、長かった一日がようやく終わって、ヘトヘトなのに気分がハイなままで、横になってからぽつりぽつりといろんな話をした。そのとき、妹は不意にそれまでのことを話し出した。
「実はさ、去年、会社の健康診断で引っ掛かって、再検査を勧められて…がん検診で疑いがありってことで検査手術したんだ」
 え、と思ったが、俺が驚いてぽかんとしている内に妹は話しを続けた。
「でも、そのときは細胞診で結局なんでもなくって、ただ、筋腫はあるって言われてたんだけど、もう手術はこりごりだと思ってそれは断った」
「そ、そっか」
「ただね、今年に入って、子宮筋腫がだいぶ大きくなってお腹の外からも分かるようになって、通ってた鍼灸院の先生に‘赤ちゃんの頭くらいあるかも’と言われたときはゾッとした」
 何か言おうと思って口を開き掛け、結局俺は口を閉じた。これは、報告だ。相談しているんじゃないし、意見を求めているんでもない。妹は、ちょっと沈黙してから続けた。
「けど、次第に赤ちゃんがお腹中にいるってこんな感じなのかなと、馬鹿げた事を思うようになって」
 いや、バカなことじゃないよ、と俺は思った。そう言いたかったけど、もう身体はすごく眠くて、思考が停止に近くて言葉が出てこなかった。ただ、ぼんやりと心で思った。それ、すごく正しい感覚なんだよ、と。作家よしもとばななさんが似たようなことを書いていたことがあった。結局は錯覚だったけど、妊娠した、と思った瞬間があった、というような文章を。そう、「錯覚」だったことに、意味があるんだと、今なら思う。
『でもある真昼、いよいよ明日は病院へ行こうと、と思った瞬間、ものすごく困った…という気持ちを押しのけて突然に暴力的な喜びが私を襲った。
 本能が理性を打ちのめした瞬間だった。
 嬉しさが全身を貫き、息もできないほどだった。
 街を行く人々、誰も彼もが全員、この嬉しさの洗礼を経てこの世にいるのだと思うと不思議だった。
 そして「もしかすると私は今、ひとりではない。体の中にいる誰かとこの風景を見ているのだ」と思った。
 結局、それから一週間後に生理がきてすべてが幻想だったことがわかったが、その時の感慨を忘れることはなかった。それで少しだけ、この世のしくみがわかったような気がしたことも。』SLY 世界の旅2 吉本ばなな著 幻冬舎文庫より。
それから、俺たちには東京都内にひとりで暮らしている伯母がいる。神仏に愛されているちょっと変わった、小さくて純粋で、可愛い伯母だ。彼女がかつて妹を通してこんなアドバイスをくれたことがある。
「とにかく、時期ってのがあるから無理矢理何かをしようとしない方がいいのよ、悪霊もただただ追い払わず、それこそ優しい気持ちで接した方がいいと思うって。
体調が優れない話をしたら、癌と同じで、その痛みや苦しみも我が子のように扱いなさい…と。
ちょっと無理があるけど、身体の一部になってしまってるものを無理矢理引き離そうとしてもダメだって」
 目に浮かぶ。早口で、にこにこと笑みを浮かべたままで、まるでうっとりというか恍惚のような柔らかい声色で、伯母は話してくれたんだろう。そういう世間ではオカルトと言われる現象が彼女にとっては日常なので、普通に感じたまま、伝わってきたそのままを言葉にしたらそうなったんだな、と思う。
 それを伝えてくれたのは妹なのに、自分のこととなると意識がそれてしまうんだろうな、と思った。きっとたくさん死に相対している医師や和尚などが、その「死」が自らに降りかかることを考えられないように。
 分からないけど、もしかしてその子宮筋腫は子どもなんだよな、と思った。生まれることの出来なかった妹の心というか、きっと「思い」の化身、結晶として。
「今年中に何かをしないと、今年が何もかも最後かもと痛烈に思った。何かを始めないと、今年中にやっておかないと絶対に後悔するって」
「そっか」とようやく俺はちょっとかすれた声で頷いた。
「正直、私、死ぬんじゃないかとずっと思い続けた平成30年だった気がする」
 実は、知っていた。いや、同じことをずっと感じ続けていたのかも知れない。
「何か運動をして、血流を良くすればこれ以上筋腫も大きくならないだろうと安易に思ったのがきっかけ。ただ、三日坊主の私が継続して運動をするなんて、絶対に無理だと思った。だから、絶対にやり切らないとダメな目標を設定しようと、思いついたのがホノルルマラソン」
 ホノルルマラソン。そう発音した妹の口調が、いや、彼女の口から出た言葉がふわりと天に向かったのが分かった。色が見えるとしたら、それは淡い虹色を宿して美しく空に溶けていったのだろう。そんな希望を感じさせる声だった。その‘憧れ’がほとばしっていた。
 妹はそれでも淡々とした口調は崩さなかった。内に激しいもの、熱い魂を抱いているのに、あくまで妹はクールなのだ。
 妹の数秘占いの結果に、こんな文言があった。
『あなたが「外に見せている顔」は、冷たい横顔。
あなたはいつも考え事をしていて、人と群れず、孤高を保とうとします。
冷静沈着なまなざしは周囲の者を射すくめ、あなたの口からあふれる言葉はどこか深遠で、近寄りがたいオーラが漂っているはずです。そんなシャープな横顔にひそかに憧れる人は多く、つれないあなたの態度にめげずに近寄ってくる人も。
ただ、どんなに親しくなった相手にも、決して踏み込ませない領域を守るあなた。
というのも、思慮深く観察眼の優れたあなたには、どうしても世のなかの粗が見えてしまうから。
知りたくないことも知ってしまう敏感な自分を憂い、厭世的になったり、すべてを疑ったり、これ以上絶望したくないのだと社会から早めに隠遁するかもしれません。』
本人は「なんじゃ、これ。全然合わない」と否定していたけど、合ってると俺は感じたのだ。
『周囲を温かく見守る優しさをもったあなたですから、頼られると自分を犠牲にしてでも尽くそうとします。時として、情の掛け方が過剰となり、自己犠牲の範囲を超えて隷属状態に陥ることもあるかもしれません。また、相手の自白的な意志力を潰し依存性を引き出してしまう恐れもあるでしょう。』
 泣き虫だった妹は、つまり情に厚い人間だということで、抱えていたであろう寂しさは「孤独」ではなくて、深い愛情に裏打ちされたヒトの心の寂しさに感応するセンサーだったのかも知れない。明るく振る舞うのは、自らの悲しさを見せたくないからであり、心配を掛けないための防御。ズケズケした物言いも、実は巧妙に相手の反応を観察し、決して一線を踏み越えない品の良さを保っている。相手が笑ってくれる絶妙の声色と言葉の選択を知っている。それは、生き抜いていくための本能だった。
 姿見のように相手の姿を映して本人に撥ね返しているだけで、きっと妹はそこに自らの思いを投影してはいまい。
 光に吸い寄せられる闇夜の蝶のように、群がり、貪るだけの多くのニンゲンの心に疲れ、いい加減で当たり障りのない関係のくせに踏み込んでくる餓鬼の集団に恐れをなし、何もかもをリセットしたいと無意識に思っているんだろうか。すべてをゼロに戻して、滅びゆく世界の崩壊に身を置きたいと。
「今までのマラソン練習は、全く楽しいものじゃなくって、もう、辛い、面倒のみで」
「それは、そうかもな」
「ただ、少しでも長く走れると、普段仕事なんかでは感じる事の出来ない達成感があるんだよね。けど、何かと理由を付けて、雨が降ってるとか、暑い、寒い、仕事で帰りが遅くなった等で練習をサボったんだ」
「それでも、続けたんだからすごいよ。そして、結局、ここまで来たんだもんな。あとは、本番を走るだけだよ」
「完走出来るかなぁ」
「大丈夫だって」
 運動音痴の俺が根拠のない太鼓判押したって、何の励みにもならんのだがね。もう、二人とも眠気との戦いになっていた。
「でも」と妹は言った。「出来るっていう気がするんだよね、根拠はないのに」
 うん、と答えた気がする。
 ハワイの夜、窓の外には優しい海の気配があって、常に寄せては返す波の波動を感じていた。
 不規則に、規則的に、波は砂を洗い、雨を吸収し、月の光を滲ませている。
 柔らかくそこにある海。
 静かな嵐を抱えたまま、妹はもう眠りに落ちているように見えた。
 そっと窓の外の気配を、その怪しくもうつくしく、清らかでいて獰猛な海の本性を思いながら、俺も興奮したままの頭を眠らせようと試みる。
 海の神様が、月の光を浴びて人魚の姿で浜辺にくつろぐ光景が、見えるような気がした。


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飛行機 

ホクレレ ~流れ星~

 泣き虫だった妹は、とにかく寂しがりやでおじいちゃんっ子で、無邪気で可愛くて恋多き青春を送り、あるとき家を出て、それきり戻ってこなかった。
 顔の造りがまるで違う二人は、一緒にいるからこそきょうだいなんだろうと思われていたのだろうが、成長して二人でいると「お友達?」と聞かれるほど似ていない。いや、生まれ育った土地を離れてしまった妹は、もう別の土地の加護を受け、水も空気も食べ物も、出会う人もすれ違う気配も、何もかも違う世界に所属してしまったからなのかも知れない。いずれ、離れてしまってから、二人が会うことは滅多になく、連絡を取り合うこともあんまりなく、それぞれが、それぞれにそしてきっと必死に生きてきた。
 生きること自体に必死だったこと、それだけが二人の共通項だった。その苦しさ必死さだけは、離れていてもどこかで繋がっていて、お互いに知っていた。そして、やはり「血」が、絆として無意識の中に流れていたんだと思う。
 その頃、長い恋愛を終えて新たな関係を大事に育てていた妹と、家族という業を手放そうとしていた俺は、まるで引き寄せられるようにその地に向かった。呼ばれたのかも知れないと思う。
 伝承でしかないが、古代、無人島だったハワイ諸島にポリネシア人が辿り着き、その後、タヒチ人の移住。戦争に巻き込まれ、幾多の激動の時期を経て、リゾート地として人気の島となったハワイ諸島。
 ポリネシアンの人々が長い歴史の中で育んで、熟成して、そうっとそうっと醗酵させている秘密が、実はひっそりと息づいていることを思い知らされる出会いが待っていると、出発前の二人には想像も出来ないことだった。
 なんのことはない逃避行。リフレッシュして、再び現実社会に戻れる英気をいただきにという程度の軽い旅として決行したのだから。

「せっかくだから、ホノルルマラソンに参加しよう。当日参加も受け付けているみたいだし」と、突然飛行機の中で妹が言い出した。
「なに言ってんだよ」と眠い瞼を必死に持ち上げるようにしながら、俺は真っ暗な窓の外をぼんやりと眺めていた。目の前で英語で繰り広げられるアクション映画に飽きて、さきほど機内食も食べ終え、もう寝るばかりだ。
「なんか、胃がもたれるな」
「着いたらゼッケン取りに行けば良いみたい」
「ああ、なんか吐きそうかも」
「ランアンドウォークだから、最悪歩いても大丈夫だって」
「だからさ」ようやく噛み合わない会話に終止符を打とうと、妹の方を向き直ったとき、ユナイテッド航空のキャビンアテンダントさんが、今度はアイスクリームを配るために寄って来た。
「アイスクリーム?」と、クリームの方にアクセントを置いて、疑問符を付けて配り歩いている。日本語が多少は分かるらしいが、基本、英語圏の方だ。
 断ろうと思っていたのに、咄嗟の断りの英語を思いつかなくて、思わず受け取ってしまい結局二人で無言で食べ始める。
「バニラだね」
「ハーゲンダッツの方がやっぱりおいしいな」
「え~、やっぱりレディボーデンの方が良いよ」
 そして、覿面に後悔した。妹が眠りに入った後、猛烈な嘔気に襲われてトイレに駆け込んだのだ。
 普段、こんな真夜中に胃に物を入れたりしないんだから、当然だ。
 そして、俺には実は胃腸に負担を掛けている明らかな要因がそのときあったのだ。



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旅の始まり 

ホクレレ ~流れ星~

 生き別れのようにずっと離れて暮らしていた妹と旅に出た。
 転がるように生きてきた日常がなんだかうまくまわらなくなり、生活しているだけで息苦しくなってきて、どこか楽に息が出来るところへと無意識に考えたのだと思う。もう、自分の思考もどこかちぐはぐで、何かに操られるようにふらふらと電車のホームへ飛び込みそうになったり、大きな橋の上に立つと川の流れに吸い込まれそうになったりして、ゾッとした。
 そのゾッとするのは、死というものに対する怯えや後悔のようなものではなくて、そういう疲れ方をしている自分という存在が、更に死という醜さを世間にさらすことに対する嫌悪のようなものだった。
 そんなとき、妹が「一緒にハワイへ行かない?」と連絡をくれた。それはまるでパズルのピースのように、ひゅっと俺の心に入って来て、ピタッと収まった。
 うん、行く。と普通に答えて、日程を決めたら、その後しばらく妹から音沙汰がなく、あれ? と思わなくもなかったけれど、特に不安に思うこともなく時間だけが流れて、あっという間に当日の朝を迎えることになった。
 約束してから実は8カ月も経過していて、その間、いろいろ準備とか仕事の整理とか、いない間の処理を済まそうと思っていた。だけど、めまぐるしく過ぎ去る時間の中であたふたしていただけで頭の中は真っ白に霧が掛かったままだということに気付いて、とにかく遺書を書こう、と家族に宛てた手紙を前日に特急でしたため、東京駅前のポストに投函した。
『別に、特に何か予感がするとか、「そんな気がする」とかいうわけではなくて、単に区切りというか。日頃、面と向かって時間をかけて直接伝える機会があんまりないから、というだけです。
 とはいえ、こうやって文章にしようとすると何をどう表現して良いのか分からなくなるけどな。』
 そんな書き出して、それまでの思い出とか感謝の気持ちとかをつらつらと書いて、よし、行こう、とようやく思った。
 旅立ちの朝に空に浮かんだのは、とりの姿だった。翼を広げた白鳥だろうか。鶴だったのだろうか。真っ白な羽を広げ、広げ、広げていた。
 


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ホクレレ ~流れ星~ (作品説明) 

ホクレレ ~流れ星~

 旅の模様を描いたフィクションです。
 実在の人物もいて、実在の場所もあります。
 
 虹とロマンの国Hawaii.
 素敵な国であることだけは間違いないけど、地球のすべてを愛する朱鷺(shuro)にとっては、すべての場所が楽園であり、だけど、この世はすべて地獄でもあるのです。

 俺と妹の二人旅は、過去へ遡る旅でもありました。
 という物語です。
 

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